『野櫻家の選択』 主な登場人物
今日はパパの大事な日だからね
その日美紀は早起きして、ひとりで朝食を作った。ここのところずっと和也にまかせっきりになっていたのだが、この日ばかりは自分だけで作ろうと思ったのだ。
「ママ、おはよう。わー、ホットケーキ」
勇斗が歓声を上げる。
「おはよう。いい匂いだね」
いっしょに部屋に入ってきた和也も嬉しそうだ。
美紀が用意したのはホットケーキにベーコンエッグ、トマトときゅうりのサラダといったメニューだ。
「どうしたの? まるでお休みの日みたい」
勇斗が不思議そうな顔をする。
それほど凝ったものではないが、平日の朝にホットケーキを作るというのは珍しい。美紀としたら頑張った方だ。いつもならトーストがいいところ。野櫻家ではホットケーキは週末のブランチかおやつで作るものと決まっていた。
「今日はパパの大事な日だからね。元気をつけてもらおうと思ったの」
「大事な日?」
「そう、今日はパパは仕事場を借りるための面接を受けるんだよ」
和也が説明する。
「メンセツって?」
「うーん、どう説明したらいいかな。たとえば仕事がほしいという人がいる。一方で誰か自分のところで働いてくれる人を探している人がいるとする。だけど、お互い知り合いじゃなかったら、いきなり仕事を頼んだりできないだろ? それで、その人でいいかどうか決める前に、一度会って、仕事をほしいという人に自己紹介をしてもらうんだ。それを面接っていう」
珈琲を淹れながら横で話を聞いていた美紀は、和也の態度に感心している。子どもの面倒な質問にも、嫌がらずにきちんと説明できる根気強さはたいしたものだ。自分なら面倒だから適当に説明を省いてしまうだろう。
「自己紹介?」
「うん。自分はこういう人ですとか、どうしてこの仕事がほしいのか、ってことを、相手に訴えるんだ」
「パパも仕事もらうためにメンセツに行くの?」
「いや、パパは仕事じゃなくて、仕事場を貸してくださいってお願いに行くんだ」
「ふーん。そうすれば貸してもらえるの?」
「わからない。ほかにも貸してほしいと言ってる人がふたりいるからね。パパも入れて三人の中からひとりだけ、面接で選ばれるんだよ」
「じゃあ、うまく自己紹介しないとね」
「そうだね。頑張るよ」
和也は落ち着いている。昨日遅くまで美紀を相手に面接の練習をした。それで、自信がついたのかもしれない。ともあれ、和也の起業のこれが第一歩だ。うまくいくことを美紀も願っていた。