キャンプから帰って来た翌週、市の創業支援センターが主宰する起業セミナーに参加した和也は、深夜に帰宅。美紀の声かけに返事もせず、呆然とソファに座り込んだ。

【これまでのお話】
第1話 『野櫻家の選択』連載小説スタート!
第2話 あの時転職を決断した自分を褒めてやりたい
第3話 保育園の卒園式の朝、着物持参で義母が…
第4話 苦手な岩田と卒園後も付き合い続くと思うと…
第5話 入学式直前の美紀に部下からトラブル報告
第6話 それって職場いじめなんじゃない!
第7話 あの2人を組ませるのfはまずいのでは?
第8話 共働きの危機? 夫と子から同時重大報告
第9話 上司に部署で罵倒され、退職・起業を決意
第10話 和也の専業主夫モードで夫婦関係ゆがみ始めた
第11話 夫のための起業本探す姿を部下に見られた
第12話 学童の親子キャンプへの参加は大正解だった

『野櫻家の選択』 主な登場人物

◆野櫻美紀(のざくら みき) 三十六歳/大手人材会社の営業企画部に所属。夫とは学生時代のゼミで知り合った。明るく前向き、大雑把。マイペース
◆野櫻和也(のざくら かずや) 三十七歳/大手住宅メーカーの人事部に在籍。おおらかで人当りが良さそうに見えて、実は神経質で小心
◆野櫻勇斗 (のざくら はやと) 六歳/保育園年長クラス。早生まれで小柄。性格は父親に似ておだやかで争いごとは嫌い

「おお、さっそく仕事の依頼が」

「起業って、どんなことをやろうとされてるんですか?」

 三年生の山下淳の父親が尋ねる。

「いままで住宅メーカーの人事部にいたので、それを生かして人材サービスの仕事をやろうと思うんですよ」

「人材サービスっていうと、就職や転職の斡旋をやるんですよね」

 山下が身を乗り出している。和也の話に興味を持ったようだ。

「ええ、まあ」

「じゃあ、うちの会社にもぜひ誰か紹介してくれないかなあ。昨今の人手不足は、うちみたいな小規模な会社を直撃していて、新卒採用の応募が激減してるんですよ。小さいけど、いい会社なんですけどねえ」

 山下の顔は赤い。先ほどから焼酎をハイペースで飲んでいたのだ。

「おお、さっそく仕事の依頼が」

 傍にいた岩田の父親が茶々を入れる。

「いや、まだ起業してないんだから、仕事にはなりませんよ」

 和也が笑顔で訂正する。

「若い連中はね、小さくても丸の内にオフィスがあるような会社がいいんだそうです。うちは立川なんで、いまいちダサいんだとか。場所よりも業績や仕事内容をみてくれ、って思うんですけどねえ」

 山下は愚痴モードに入ってきた。酒で口が軽くなっているのだろう。

「そうそう、それ。うちの学生たちも、どうせ通うなら、青山や代官山がいいって言うんですよ。テレビCMで名前の知られた会社がいい、とかね。若いうちは人にどう思われるかを気にしますからね」

 岩田も同調する。

「うちの学生って?」

「ああ、僕はM大で事務の仕事をしてるんですよ」

 M大は和也たちの住む市のすぐ近くにある中堅大学である。

「職住近接なんですね。いいですね」

「僕もM大出身なんで、学生時代からずっとこの界隈に住んでいるんですよ。大きな公園もあるし、緑も多いし、子育てにも素晴らしい環境だと思うんですけど、若い子たちはそこまで考えてませんからね」

 岩田が言うと、山下が再び愚痴る。

「合同就職説明会だと、人が集まるのはブランドのある企業ばっかり。なかなかうちみたいなところは関心持ってもらえないんですよ。どうにかしてもらえませんかね」

 話を振られても、和也も困ってしまう。

「だから、うちはまだ起業してないんですってば。起業したら、真っ先にご相談に伺いますよ」

「じゃあ、早く起業してくださいよお」

 山下の呂律が怪しくなってきた。ちょっと飲みすぎかもしれない。

「はいはい、近いうちにぜひ」

 和也が適当に受け流す。すると、

「じゃあ、とりあえずうちに来てみませんか。来週ちょうど起業家向けのセミナーがあるんですよ」

次ページから読める内容

  • 地に足のついていない、机上の空論にしか思えなかった
  • ただお金を稼ぐだけじゃなく、自分が納得する仕事ができるといいね
  • 御前崎と組ませたことが、やっぱりよくなかったのだろうか

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