時に迷い、立ち止まりながらも、自分流の働き方や幸せを模索している働くママたち。今回登場してもらうのは、自ら立ち上げた国内唯一の病児障害児専門医療ケアグッズとお見舞い品を販売するECマーケットプレイスを運営する石嶋瑞穂さんです。石嶋さんには以前にもDUAL記事、「自分、そして息子の病気『気づいてやれんでごめん』」「病児の親が直面する現状を変えたい 踏み出した一歩」で、病気や障がいがあっても、かわいい・かっこいいを諦めないという「チャーミングケア」の概念を広げ、ECモールを立ち上げるまでのお話を伺いました。今回は、前向きに生きる姿勢につながったという、これまでの歩みについてです。

(前編)中2で父が蒸発「働かねばならない」から「働きたい」へ ←今回はココ
(後編)小2で白血病 長男と生み出した共同プロジェクト

◆今回登場するワーママ:石嶋瑞穂さん
年齢:44歳
これまでの仕事:絵画販売→アパレル販売員→人材紹介会社、ネットベンチャー企業などを数社経験→専業主婦→web制作分野で起業→一般社団法人チャーミングケア
現職:一般社団法人チャーミングケア代表理事
住まい:大阪府
子ども:13歳(中2)、11歳(小6)、10歳(小5)3人の男の子

◆働き方に迷った理由
生まれた長男の体が弱かったこと

◆「わたし流」の働き方をかなえるためにした選択
選んだもの…働くことによって得たかった家庭内での発言権
諦めたもの…諦めたものはない

ある日突然父が蒸発。人生が大きく変わる

 比較的裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ち、中学からは中高一貫の私立校に通っていました。そんな私の人生が大きく変わったのは中学2年の時でした。ある日突然父が「蒸発」してしまったのです。

 一人っ子だった私は、その日を境に母と2人きりになりました。母は元々神経質でそれをきっかけに不安定になり、父がいなくなった後も子どもの私への関心は薄かったです。高校に進学する際には母から「学費が高いから進学を諦めてほしい」と言われました。私は高校に進学したかったし、通い慣れた中高一貫校も辞めたくなかったので、「それなら自分で授業料を出して進学する」と、それまでためて持っていた自分の貯蓄を高校の授業料に充て、そのまま一貫校の高校に進学しました。

 中学生で私立の授業料に充てられるほどの貯蓄があることに驚く人もいると思いますが、当時羽振りのよかった親からもらっていた高額のお小遣いをコツコツためてきた結果でした。

写真はイメージです
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次ページから読める内容

  • 担任の一言に絶望し、相談場所を失う
  • 社会に出るにはまだ時間が必要。自力でかなえた大学進学
  • 仕事用のスーツ購入のためにアパレルへ就職
  • 「子宮に爆弾抱えた私と結婚していいの?」夫の返事は・・・

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