中学受験をする、しないという決断は、親子にとって悩ましい問題です。「子どもの可能性を伸ばしたい」「よりよい教育を受けさせたい」という親心は不変。とはいえ、先の見えない世の中で、小学校高学年という人生の大事な時間を「合格をゴールにした勉強」に費やすこと、それに数百万円を投じることが本当にいいのか、迷う親もいるでしょう。「まだ子どものうちは好きなことに熱中してほしい」「中学受験後に燃え尽きた例を知っている」などがモヤモヤの一因であるという人もいるかもしれません。本特集では、「中学受験をしない」という選択肢について、主体的な軸を持って考えてみます。

 「中学受験をする、しない」に迷う理由は人によってさまざまです。親が中学受験未経験者で、よく分からないがゆえに不安を抱いている場合もあれば、自身や身近な人が経験したからこそ悩んでいる、という場合もあるかもしれません。

 変化のスピードが速い世の中になり、「教育の理想のカタチ」が見えにくいことも親を悩ませる一因となっています。子どもの個性にぴったり合い、親も「ここで学ばせたい」と思える教育方針を実践している学校が早々に見つかるなど、積極的に「したい理由」があれば、悩みも減るかもしれません。ですが、小学3、4年生ごろにそれを見つけるのは、現実的に難しい場合もあるでしょう。

 目指す学校によって、中学受験のスタイルはさまざまですが、挑戦するとなれば、夜遅くまで塾に通ったり、塾がない日も大量の宿題をこなしたり、土日も模試があったりと、膨大な時間を費やすことになります。さらに、「すればかかるはず」の塾代、受験料などの諸経費、私立に行った場合の学費など、相当なコストもかかってきます。「どうしても行きたい学校がある」といった明確な目標が定まっていない場合は、「とりあえず中学受験する」ではなく、「別の学びを得る」という選択肢を検討する余地はあるかもしれません。「しない」選択肢を一度考えてみることで、本当に目指したい軸の輪郭が、より明確になることも期待できます。「わが家の軸」を決めるときのヒントとして今回の特集をぜひお役立てください。

 1回目は、学校や受験塾では教えない「社会で求められる力」を学ぶ選択肢について。「探究」という言葉がまだ一般的でなかった2007年に、受験や学習目的ではない、小学生向けの体験型リベラルアーツ塾を設立したパイオニア的存在である「デルタスタジオ」(東京・広尾)の創設者らに、受験をゴールにする勉強だけでは得られない力とは何か、小学校時代にやっておきたい「別の学び」のポイントなどについて具体的に聞きます。

「中学受験否定派ではないですが……」

 「私自身は、中学受験をしたおかげで、目の前の難しい問題にずっと座って集中して取り組める『座力』はつきました。中学受験の勉強は、知的パズルを解くみたいで楽しいと思えたタイプです。中学受験否定派ではないですが、実社会に出て、外資系企業に勤務していたときに、他の国の人と比べて、自分には足りない力があるなと感じました」

 そう話すのは、デルタスタジオで子どもたちの育成に関わる、渡慶次(とけいじ)道俊さん。渡慶次さんは、筑波大学付属駒場中学校・高等学校を経て、東京大学工学部、同大学大学院工学系研究科を卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社しました。

 日本でトップレベルの教育を受けてきた渡慶次さん。「入社後、各国から集まった同期たちとニューヨークで研修をしました。ペーパーテストなど受験勉強と近しい分野では優秀な結果を出せても、ディスカッションやプレゼンテーションでは、太刀打ちできない。英語力の壁以上に、答えのない問いに対して、自分の頭で考え、意見を伝える力に大きな差を感じました。中学受験や大学受験で、そうした力が試されてこなかったからだと思います」

 受験システムで求められている勉強と、社会で求められている力のギャップを、渡慶次さんはこう例えます。「プロサッカー選手として活躍するのがゴールだとして、サッカーの実技ではなく、なぜか100m走のタイムという偏った指標だけで判断されているような状態ですよね」

 「日本社会においては、社会に出てから求められる力と、学歴を得るために求められる力にギャップがあり、それが、親を迷わせる原因の1つかなと思います」とデルタスタジオの設立者である渡辺健介さんは言います。米エール大学卒業(経済専攻)後、社会人を経て、ハーバード・ビジネススクールに留学した経歴を持つ渡辺さん。海外での学生・仕事経験が、社会で生き抜くための「総合格闘技力」を鍛える塾設立のきっかけになったと言います。

受験合格をゴールにしない「別の学び」 押さえたいポイント

(1)「○○○○○○○○、○○○○○○」マインドセットを育む環境を与える
(2)○○○○ではなく、「○○側」「○○○○側」になる体験を提供する
(3)「読み・書き・そろばん」や知識獲得は「○○○○」ではなく「○○」だと知る