不登校なんてうちには関係ない――そう思っているかもしれません。しかし文部科学省の調査によれば、不登校の小中学生は全国に18万人以上おり(2019年時点)、2013年から増え続けています。特に今年は長引くコロナ下で、子どもたちは知らず知らずのうちにストレスやつらさをため込んでいる可能性も。子どもが「行きたくない」と言い出したとき、忙しい共働き親はどう対応すればいいでしょうか。広がりつつある「学校以外での学びの選択肢」も含めてリポートします。

 体を動かせない人などが遠隔で操作する「分身ロボット」OriHimeを開発した、吉藤オリィさんは、小学校5年生から中学生にかけて不登校を経験。両親は最初「学校に行きなさい」と言っていたものの、次第に関わり方が変化し、中学校時代からは、吉藤さんと一緒に「好きを見つける手伝い」をしてくれたそうです。後編の今回は、不登校時代の経験が「孤独の解消」というミッションにつながるまでの軌跡を聞きました。不登校の子を持つ親への、吉藤さんからのメッセージも紹介します。

不登校の経験から「孤独の解消」というミッションを見いだし、ロボット開発者として活躍する吉藤オリィさん
不登校の経験から「孤独の解消」というミッションを見いだし、ロボット開発者として活躍する吉藤オリィさん

工業高校に入ってこの先生に教えてもらいたい!

日経xwoman DUAL(以下、略) 前編「吉藤オリィ 小5で不登校気味に…前を向けた母の一言」では、学校に行けなくなった中学生の頃、工作が得意な吉藤さんを見て、お母さんが「虫型ロボットコンテスト」への出場をすすめてくれたと聞きました。実際に出場して、結果はどうだったのですか。

吉藤オリィ(以下、吉藤) 実は、初出場だったのにエリア大会で優勝したんです。とはいえ、自尊心を取り戻すほどには回復せず、相変わらず学校には行きませんでした。

 中学2年生の時に「ロボフェスタ関西2001」というロボットフェアが開催され、エリアの優勝者だった私はそのグランドチャンピオンシップへの出場権を与えられました。入念に準備したのですが、結果は全国準優勝。優勝できなかった悔しさをかみ締めたことを覚えています。いつの間にか私はロボット作りに夢中になっていたんです。

 今振り返ると、両親は私と一緒に好きなことを探しながら、「合わないならすぐにやめてもいいよ」と伝えてくれていました。トライ&エラーの連続だったと思います。実際に、絵画やバスケットボール、体を動かそうとちょっとしたスポーツなどをいろいろやらせてみてくれたのですがどうにも合わず、すぐに辞めました。他の子と同じことはできなかったんです。しかし、その中でどうすればよいか一緒に試行錯誤してくれたことが結果的によかったのだと思っています。


 少しずつ学校に行くようにもなったというオリィさん。その背景は何だったのでしょうか。次のページから、学校への抵抗感を抱えている子や、その親に向けたアドバイスなどを詳しく紹介します。