不登校なんてうちには関係ない――そう思っているかもしれません。しかし文部科学省の調査によれば、不登校の小中学生は全国に18万人以上おり(2019年時点)、2013年から増え続けています。特に今年は長引くコロナ下で、子どもたちは知らず知らずのうちにストレスやつらさをため込んでいる可能性も。子どもが「行きたくない」と言い出したとき、忙しい共働き親はどう対応すればいいでしょうか。広がりつつある「学校以外での学びの選択肢」も含めてリポートします。

不登校・行き渋り 親の心構え

 小学校高学年から始まった不登校の経験で感じた痛烈な孤独。その体験から、「孤独の解消」を人生のミッションに掲げるのが、オリィ研究所の吉藤オリィさんです。体を動かせない人などが遠隔で操作する「分身ロボット」OriHimeを開発し、2021年6月にはそのOriHimeが接客をするカフェをスタートさせました。不登校の経験は、吉藤さんの今の活動にどうつながっているのでしょうか。また、そんな吉藤さんに、両親はどのように関わってきたのでしょう。前後編に分けてインタビューをお届けします。

吉藤オリィさん

吉藤オリィ
1987年、奈良県生まれ。小学校5年から中学校2年まで不登校を経験。工業高校にて電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECにて文部科学大臣賞、世界最大の科学大会ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。その後、高専で人工知能の研究を行い、早稲田大学創造理工学部へ進学。在学中に分身ロボットOriHimeを開発し、オリィ研究所を設立。著書に『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)、『サイボーグ時代』(きずな出版)、『ミライの武器 「夢中になれる」を見つける授業』(サンクチュアリ出版)などがある。

気になったらやってみないと気が済まない幼少期

日経xwoman DUAL(以下、略) 不登校の経験から「孤独の解消」というミッションを見いだし、分身ロボットOriHimeを開発するオリィさんですが、小さい頃はどのような子どもでしたか。

吉藤オリィ(以下、吉藤) 私は「気になったら何でもやってみないと気が済まない子」だったようです。例えば、両親の結婚記念のぬいぐるみを、中身の綿が欲しくてバラバラにしたり、生き物の死がいを持って帰ってきたり。幼稚園で、先生が大切に育てたチューリップの花を片っ端から切ってしまったこともありました。

 私は奈良県の小さな村で、祖父母と両親、私と妹の三世代で暮らしていました。両親は私をしょっちゅう叱ったり注意したりしながら、非常に忍耐強く私と接してくれました。でも私は「やってはいけないこと」が分からず、好奇心が湧くと止まらない。「やめろ」と言われて、納得ができた場合にはやめられるのですが、子どもが納得する理由を大人が語るのは難しいですよね。例えば、「なぜチューリップを刈り取ったらいけないのか」と尋ねて、大人から納得できる理由が返ってこなければ叱られてもめげずにまたやってしまう、そんな非常にやっかいな幼少期でした。本当に申し訳ないと思います(苦笑)。

―― 小学校にはすぐになじめましたか?

吉藤 いえ、みんなと一緒に席について授業を受けることができないし、やらされることが大嫌いな我慢弱い子どもで、うまくなじめずよく授業を逃げ出していました。授業から抜け出して何をしているかというと、多目的室に置かれている、昔の農作業に使っていた木製の脱穀機を回してずっと観察をしていたんです。「開けなさい!」と先生がドアをたたきますが、鍵をかけて籠城していました。


 次のページから、小5から不登校気味になっていった経緯について聞いていきます。また、学校になじめない気持ちを抱えたオリィさんに、学校の先生や両親はどのように関わったのでしょうか。詳しく紹介します。

次ページから読める内容

  • 「博士くん」と呼ばれ、授業から逃走する小学生時代
  • 「学校へ行きなさい」と言われて抵抗感はより強まった
  • 図書室のしおりをつくるという「役割」を与えられた
  • いじめや進路へのプレッシャーで完全な不登校に
  • 「学校へ行かなくてもいい」、期待値が下がってラクに

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