夢を見つけるきっかけとなった、香港への母娘旅行

 高校に入ってすぐの頃、私はいじめられていた当時の気持ちを引きずり自殺を図ったことがありました。あのときは、母に泣かれて我に返りましたが、母はその後、「16歳ってすてきな響きだから、なんかいいことあるといいね」と言って、私を香港に連れて行ってくれました。

 偶然にも香港では、憧れのジャッキー・チェンさんに会うことができ、「生きていて本当によかった」と痛切に感じることができました。あのときに死んでいたら、絶対に会えていなかったわけだし、憧れの人が実在すること、生きてさえいればこうして会いたい人に会えることもあるのだと知れたことは、10代の私には驚きだったのです。この経験から、私は夢を見つけることができました。

 つらいことがあるといつも、それまでとは違う空気を吸わせてくれる母には、本当に感謝しています。

不登校の子を救う「隣る人(となるひと)」の存在

 最近、私は「隣る人(となるひと)」という言葉を知りました。これは、ある地方の児童養護施設の保育士さんと子どもたちの日々の暮らしを描いたドキュメンタリー映画のタイトルなんですが、突き放すわけでもなく、だからといって必要以上に甘やかしたりもしない。「絶妙な距離感」で子どもたちを見守り、寄り添い続ける人を差している言葉です。私には一人、そうした友達がいて本当に救われましたし、ある意味、私にとっては母もそういう存在なのではないかと思っています。

 今回の本を手渡したときに母が言った言葉は、「翔子、こんなこと思っていたの!?」だったんですね。私はこれまで、不登校に至った細かな事情を母には説明していませんでした。それでも母は、突き放すわけでも頭ごなしに怒鳴るわけでもなく、一緒にゲームをしたり漫画を読んだりしてくれて、私と時間や会話を共有してくれていました。

 いじめられている子がいるときには、無理に真相を聞き出し傷をえぐるのではなく、普通に話して笑い合って、「一人じゃないんだ。自分を必要としてくれる人がいるんだ」ということに気づかせてあげることが大切なのだと思います。それをできるのが「隣る人」なのだと思うし、その存在に、きっと大人も子どもも救われるような気がします。