友達のような距離感の母

 私は、9歳のときに父を白血病で亡くし、母は、女手一つで私を育ててくれました。

 私の母というのは、いわゆる友達の家のやさしいお母さんとは違って、料理もほとんどしないし、たまに作るご飯も食べられるかどうか不安になるようなものばかり。なんというか、親であり友人のような存在で、私は母から「勉強をしなさい」と言われたことは一度もなく、週末になると一緒に漫画を読んだり、趣味を通じて知り合った人たちのオフ会にも一緒に参加したりしていました。

 父が亡くなったときには、「こんなときこそディズニーだよ!」と言って、決してお金に余裕などないのに、貯金を切り崩してフロリダのウォルト・ディズニー・ワールドに連れて行ってくれたこともありました。

 そんな関係の母でしたから、突然、娘に「学校へ行きたくない」と言われて、さぞビックリしただろうと思います。鍵をかけて部屋に閉じこもる私に、母は「卒業まであと少しなんだから、学校へ行かなきゃダメでしょ! ダメ人間になるぞ!」と言い、ドアをこじ開けて部屋に入ってきました。そこからはバトルでしたね。

母のおかげで憧れの人に会い、夢を見つけられた

 私はその後、中高一貫校だった学校をやめて通信制の高校に通うことにしました。スクーリングとリポート提出、試験はあるものの、それ以外の時間をどう過ごすのかは個人の自由というスタイルの学校で、いじめや不登校の子、ヤンキー、芸能人までとにかくさまざまな生徒がいました。

 ある日、前の学校では絶対に話すこともなかったギャルの子がやってきて、私の描いた絵を見て「うまいじゃん!」と褒めてくれたときには驚きました。やっと、窮屈なスクールカーストから解放されたのだと思いました。

 学校へ行かなくなると、「自分には将来がない」と考えてしまう人もいると思いますし、子どもが不登校になったら、親御さんとしてもとても心配だと思います。ですが、今思うのは、「こうじゃなきゃいけないという正解なんて、本当はないのではないか」ということなんですね。

 例えば、私は学校へ行かない間、夜な夜なネットサーフィンをしていましたが、それもまた一つの経験です。自分以上にブルース・リーにのめり込んでいる人たちの存在を知って、好きなことで身を固める大切さを知ったからです。