おいしいと評判のカフェテリアが決め手となってその中学に入学したというのに、私はそこでたった独りでランチを食べるようになりました。せっかくのランチを味わう余裕もなく、当時は、誰かの笑っている声が、自分の悪口を言っているように聞こえました。

 その中学は母や親戚も通っていた学校で、母からはよく中学の楽しい思い出話を聞かされていましたから、うまくやれない自分が、すごく恥ずかしかったですね。自分自身でもいじめられていることを認めたくなかったし、そんな自分を、母には知られたくないとずっと思っていました。

きっかけは、「最後のとりで」だった先生の信じられない一言

 ですが、不登校になった直接のきっかけは、そうしたクラスメートからの嫌がらせではありませんでした。

 ある日、私は自分の靴箱が不自然にへこんでいるのを見つけました。犯人らしき子が、ショックを受けて呆然とする私の様子を笑ったことにカッとした私は、その子の靴箱も同じようにへこませてしまいました。今思えば、最低の仕返しの方法ですよね。

 その翌日には、私の靴箱は見るも無残にボコボコにされていて、そしてついに、私のローファーがなくなりました。

 泣いたら負け、先生に言うのも負け。いじめられていることを大人に言うなんて、恥ずかしいことだと思ってきたけれど、靴がなければ帰れません。やむを得ず職員室へ行き、涙ながらにそれまでの経緯を先生に訴えると、先生は「これを履いて帰りなさい」と新品のローファーを渡してくれました。

 「分かってくれた!」と思って本当にうれしかったですね。もっと早くに相談していればよかったと思ったし、もしかしたらこれがきっかけで、靴を隠した子たちに先生が注意してくれるかもしれないという淡い期待を抱きました。

 けれど、しばらくしてその先生が言ってきたのは、「この間のローファー代、早く払ってくれないか」という言葉でした。

 信じられませんでした。「どうして靴を盗まれた被害者の私がお金を払わなければいけないのか」「それは犯人が払うべきものではないか」と訴えました。だけど、先生は困った顔をして、「それはそうだけど、ローファーは学校のものだから払ってくれないと困るんだよね」と私に言いました。

 卒業まであとわずか。この一件がきっかけとなって、私は一切学校へ行かなくなりました。ぷっつりと、緊張の糸が切れてしまったのです。