一般的に中学受験の準備は小学3年生の2月から始まります。ただ、親子でよく話し合った上で通塾をスタートしても、高学年になって思うように成績が上がらなかったり、地元の公立中に行きたい理由ができたりして、「やっぱり受験をやめる」となる可能性はあります。逆に、中学受験をするつもりがなかったのに、途中から「やっぱり受験しようかな」と迷い始めるケースもあるでしょう。そんな重大な「方向転換」に、親は、そして子どもはどのように対処すればいいのでしょうか。中学受験の専門家や、方向転換を経験した当事者たちに取材しました。

 秘めた思いを胸に中学受験に臨む主人公・俊介と、厳しい家計をやりくりして彼を支える家族の成長を描いた小説『金の角持つ子どもたち』(集英社文庫)が、受験生を持つ親の間で話題になっています。著者の藤岡陽子さんは、当事者として、また娘と息子の親として中学受験に向き合った経験があります。

 藤岡さんは、中学受験に挑む年ごろの子どもたち特有の「真っ白な純真さ」に着目。方向転換や合格・不合格には関係なく、この時期にまっすぐ無心に中学受験の勉強に挑むことには大きな意味がある、と小説を通じて伝えたかったと言います。中学受験を頑張っている受験生の親たちに温かいメッセージを寄せてもらいました。


12歳には大人になる直前の純粋な輝きがある

日経xwoman DUAL(以下、略) 小説『金の角持つ子どもたち』は、小学6年生のサッカー少年の俊介が突然、難関中学受験をしたいと両親に打ち明けるところから物語がスタートします。母親自身は家庭の事情で高校中退を余儀なくされており、学歴とは無縁の状態で生きてきましたが、俊介の希望をかなえようとパートを始めます。俊介は塾に通い始め、自分とほかの塾生たちのレベルの違いを痛感しますが、彼が努力する姿を母親と塾の先生は温かく見守り、応援し、受験を迎えます。

 本作には中学受験を控えた親、中学受験を終えた親、すべての胸に突き刺さるシーンとセリフが満載でした。執筆のきっかけは何だったのでしょうか。

小説家の藤岡陽子さん(写真/内藤貞保)
小説家の藤岡陽子さん(写真/内藤貞保)

藤岡陽子さん(以下、藤岡) 2020年の夏、ミニバスケットボール、通称「ミニバス」と呼ばれる小学生のバスケットボールを題材にした小説を書きました。その取材で、ミニバスの監督やコーチにお話を伺ったとき、「小学生には、小学生にしかない真っ白な純真さがある」と聞いたんです。

 小学生まではただ一心に目標に向かって頑張ることができるけど、中学生になると少しずつ自分や周りに対する言い訳、エクスキューズが増えていく。楽なほうに逃げてしまって、バスケを続けなくなる子が少なからずいる、というお話でした。

 それを聞いて、中学受験に通じるものがあると思ったんです。スポーツでも勉強でも頑張れるかどうか、そのぎりぎりのラインが12歳。中学受験に挑む子どもたちも、ひたすらまっすぐ無心に勉強に挑んでいる。あっという間に失われてしまうそのまぶしい輝きを、実体験から学んだ中学受験との向き合い方と併せて描きたいと思いました。

―― 確かに、小学生から中学生になると、良い意味でも悪い意味でもぐっと大人に近づきますよね。

藤岡 はい、中学生になると、子どももだんだん周りや世の中が見えてきて、人と比べることも増え、物事をあるがままに、前向きに受け止めることができなくなりますよね。苦しいこと、つらいことにめげず、ただひたむきに努力できる時期は、人生の中のほんの一瞬なのかもしれません。

 そして、セリフに書きましたが「中学受験は裕福な家の子息がエリートコースに乗るためのショートカット的なシステム」という洗練された印象を持つ人がいるかもしれません。でも、実際は全く違って、もっと泥臭くてどろどろ、必死な世界です。これから足を踏み入れる人、興味を持っている人に、リアルな中学受験を伝えられたらと思いました。

―― 高校を中退して働いて家族の暮らしを支えて生きてきた俊介の母・菜月が、俊介と共に夢を持って生き直す姿も象徴的ですね。

藤岡 今は菜月のように中卒の学歴で働く人は減っているでしょうが、親が子どもの教育レベルを左右している現実は変わりません。子どもに学ぶ意欲があっても、親の方針で学ぶ場を奪われたり、意に反してレベルを下げたりしている子どもは少なくないでしょう。

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