「~ねばならない」は、親の影響を受けやすい

鈴木 人は、幼少期の早い時期から「自分とはこうである」「他人とはこうである」という、一定の信念を持っています。その妥当性はともかく、身の回りに起こる経験にある程度の法則性を見出さないと、人や世間と交流するときの予測がつかないからです。当然、それらは個人が過ごしてきた環境に大きく左右されます。とりわけ大きな影響を与えるのが、もっとも弱い立場のときに接した養育者、つまり親です。

山崎 たしかに私もよく親から、「学校に遅刻するな」と言われて育ちました。小中高と無遅刻無欠席だったし、今ではちょっと問題だと思いますが、風邪を引いても休ませてもらえませんでした。そうした価値観が呪いのようにあり、だから、時間に対しても「~ねばならない」と考えがちなのでしょうか。

鈴木 価値観は、養育者以外にも社会からインストールされます。本来なら自分より30年くらい前に生まれた人たちにとって「正しい」とされる価値観が、今の時代にフィットしないことも多いでしょう。ただ、難しいのは、価値観というのは、本来すごく個人的な主観であるにもかかわらず、多くの人に共有されることで「常識」「当然のもの」と見なされ、今の自分にとって妥当かどうかをなかなか自覚できないことです。そのため、親子で価値観の違いに苦しんでいる人が少なくありません。

山崎 国によっても変わってきますよね。1分でも時間に遅れてはいけないという価値観は、おそらく日本だけの話で、他の国へ行けば、電車でさえ普通に遅れてくることがあります。

 私は、「時間に遅れてはならない」以外にも、「あいさつをしなければならない」と考えてしまいがちで、それもどこかで、「あいさつをするのは、人としての基本」だと思っているからだと思います。ただ、実際に、子どもにあいさつをさせようとすると、意外と難しいことに気づきます。どの程度、相手の近くまで行ったらすればいいのか、どこまでの範囲の人にするのか、フレーズだって「おはようございます」以外ではいけないのかなど。決まったフレーズを大きな声で抜群のタイミングで言うだけがあいさつだと思われているけれど、本当にそんなことにとらわれてうまくやらないとだめなのか、と思ってしまいます。

 ただ、一方では、時間を守ることやあいさつをゼロにすることはできませんよね。それだけに、どう折り合いをつけていったらいいのかは悩みどころです。

(下編に続く)

山崎ナオコーラ×鈴木裕介/下 「べき思考」どう手放す」へ。

山崎ナオコーラ
作家
1978年、福岡県生まれ。国学院大学文学部日本文学科卒業。2004年、会社員をしながら書いた『人のセックスを笑うな』(河出文庫)で第41回文藝賞を受賞、作家活動に専念する。2017年には『美しい距離』(文藝春秋)で島清恋愛文学賞を受賞。近著に、『肉体のジェンダーを笑うな』(集英社)などがある。
鈴木裕介
内科医・心療内科医・産業医
2008年に高知大学を卒業。高知県内の病院に内科医として勤務したのち、高知医療再生機構で医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。2015年から、コンサルタントとして経営視点で医療現場の環境改善を行う。2018年に、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとして秋葉原内科saveクリニックを仲間と共に開業、研修医時代に近親者の自死を経験し、ライフワークとしてメンタルヘルスに取り組む。著書に、『メンタル・クエスト 心のHPが0になりそうな自分をラクにする本』(大和出版)がある。