耳が聞こえない人は、一見すると周囲から「聞こえない」とは気づかれにくいもの。ゆえに、あらぬ誤解や疎外感が生じることもあるといいます。子どもを守る立場であるママならなおさら。子育て中に不便を感じること、声を大にして伝えたいこと……「聞こえないママ」の視点をご紹介します。(文・写真 門馬聖子)

子育てを支える隣り近所とのつながり

 24時間365日、予想外の出来事の荒波に振り回され続ける子育て。もし耳が聞こえなかったら、そのハードルの多さは想像以上と思います。特に、全てのママにとって試練の時といえる子どもの病気の時は――。

「見た目ではわからないけれど、実はたくさんいる聞こえないママたちと街をつなぎたい」と松本茉莉さん(写真提供/松本茉莉)
「見た目ではわからないけれど、実はたくさんいる聞こえないママたちと街をつなぎたい」と松本茉莉さん(写真提供/松本茉莉)

 小学2年生を筆頭に3人のお子さんを持つ松本茉莉(まつり)さんは、耳の聞こえないママ。お子さんが熱性けいれんになり救急車を呼ぶことになった時、大きなハードルが立ちはだかりました。

「耳が聞こえない人のための救急車要請の携帯サイトがあって登録もしていました。でも、そのサイトで症状などを文字で打って送信するなどしていられず、夜11時に隣りの家のチャイムを鳴らして助けを求めました。私が耳が聞こえないことは伝えていましたが、普段から付き合いがあったわけではなく……。幸いいい人で救急車を呼んでもらいましたが、悪いなぁという気持ちが残りました」

 じつは筆者も子どもの熱性けいれんで救急車を呼んだことが数回あります。子どもの尋常でない様子を前に119番を押す手も震え、その時の心境は痛いほどわかるつもりです。ただ松本さんの試練は、救急車が到着してからも続きました。

「救急隊員の方に、口の動きを読むのでマスクを外して話してくださいと伝えても、時々マスクをしたままになっていて何度か外してくださいと言ったり……。口の動きに集中すると子どもの様子を見られなかったりして心細い思いをしました」

 こうした心細さは、日常のあらゆる場面で「聞こえるママ」以上に感じていることでしょう。緊急時に「近所で頼り合える関係を作っておけばよかった」と痛感した松本さん。「聞こえるママとつながりたい」という思いは強くなっていきました。

聞こえないママが何より望んでいること

 去る2月14日、横浜市戸塚区の男女共同参画センター横浜で、「きこえないママ×まちプロジェクト」というイベントが開催されました。親子で手話歌を歌ったり、自分の名前の指文字を覚えたり、子育ての悩みを話し合ったりする、いわば「手話カフェ」。主催者は松本さん。「聞こえないママとして何かをしたい」と男女共同参画センター横浜で公募している「市民・NPOがつくる男女共同参画事業 市民企画講座・ワークショップ」に応募したのが始まりです。

50音すべての指文字カードがずらり。自分の名前の手話を覚えられるコーナー
50音すべての指文字カードがずらり。自分の名前の手話を覚えられるコーナー

 何から始めようかと考えていた松本さんは、有償ボランティアで従事する親子カフェ「こまちカフェ」代表の森祐美子さんに相談。「ひとまず月1回、集まってみたら」とのアドバイスを受け、こまちカフェのイベントスペースで「聞こえる・聞こえないに関係なく一緒に楽しく子育てする場」を設けました。第1回の昨年9月は、約20名のママ+子どもたちが集合。回を重ねるごとに打ち解けて、2月14日の「きこえないママ×まちプロジェクト」のイベント準備をする仲間にもなりました。

 イベント会場の壁には、「聞こえないママ」たちのこんな声が紹介されています。

  • 母親教室や児童館でも気軽に声をかけて
  • 地域で気軽に「こんにちは」が言いたい
  • 口を読むので口をはっきり見せてください。マスクをつけている時はマスクをずらしてもらえるとうれしいです
  • 通じなければ、紙とペン、携帯電話のメモ機能でのコミュニケーションもあります

 人から声を掛けられても気づかずに「無視した」と誤解されたり、「手話ができないから……」と一定の距離を置かれてしまったり。そんなもどかしさを経験した彼女たちの「もっとおしゃべりしたい」という切なる願いが込められています。

 また、

  • クレジットカードの手続きの際、本人確認の電話が代理ではできないので、チャットなどで対応できるといいな
  • 子どもと一緒に映画を楽しみたい。もっと字幕が増えないかな
  • 子どもが発する言葉、子ども同士のおもしろいやりとりを教えてほしい

 など日常の「あったらいいな」が紹介されているほか、「聞こえるママ」の声として、

  • マタニティマークならぬ「きこえないマーク」を作ってみては

 というアイデアもありました。

ミルク、おいしい、痛い、わからない、おしっこなど親子の手話をやさしく教えてくれました
ミルク、おいしい、痛い、わからない、おしっこなど親子の手話をやさしく教えてくれました

 イベントに参加した筆者の子どもは、聞こえないママたちに手話や指文字を教えてもらい、簡単な自己紹介ができるようになりました。手話を一つ覚えるとコミュニケーションが広がる!楽しい!という体験を通して、手話と聞こえないママに興味を持った様子。子どもの頃から「耳が聞こえない人もいる」とあたりまえに認識していれば、より自然な接し方ができるようになるのだろうと思います。

こんな時、あなたの「耳」を貸してほしい

 松本さんと話をしていると、発音はキレイだし、こちらの口の動きを正確に読みとってくれるので、思わず「聞こえない」ということを忘れてしまいます。ふだん家庭ではどのように会話しているのでしょうか。

「夫婦ともに耳が聞こえず、子どもたちは聞こえます。夫婦の間では手話、子どもたちとは、気持ちに余裕があれば声と手話、余裕がなければ声で話します。時間を伝えるなど大事な部分だけ手話を使ったりします。子どもの言葉じたいを拾えないこともあり、7歳の長男はわからなければ紙に書くこともできますが、5歳と2歳の弟たちはできません。そんな時、長男が私に○○だよって伝えてくれたり、弟たちも考えて絵本を持ってきて指さしてくれたりします」

 お子さんたちの頼もしい成長ぶりが見てとれますが、小学生になると親の学習サポート面での悩みも生じていると松本さん。

「聞こえるママに頼りたいと思うことがあります。5分でも宿題の音読のための耳を貸してくださいと。その代わり『耳』以外は何かできることがあります。PTAの会合や保護者会では、大勢の中での会話についていけないので手話通訳に同行してもらいますが、かえって手話しかできないと思われてしまうのか、ママたちと交流しづらいこともあります。井戸端会議もしたいし、スーパーで会ってお得情報が流れていたら教えてほしいです(笑)」

 松本さんの話を聞いて、多くの人が耳が聞こえない人に関して二つの誤解をしているのではないか、と気づきました。一つは、耳が聞こえない人は手話ができるという誤解。実際は、手話ができない人もいるし、筆談や口の動き・表情で理解するなど手話以外の会話手段がいろいろあります。もう一つは、補聴器をつけると「少しは聞こえるようになるのでは」という誤解。補聴器は音を増幅させるもので、ドンといった音を拾うためにつけている人も多く、全く聞こえない人が聞こえるようになるものではないのです。

 同い年の子どもを持つ筆者にとって、松本さんの話は、クラスメイトのママの話を聞くようにうなずくことだらけでした。お互いを気遣うがゆえに何も言わずにいると、誤解や悩みはそのままになってしまいます。困ったことがある時、「こうしてほしい」と具体的に伝えることで、周囲はより手を貸しやすくなることでしょう。学校や地域で「耳が聞こえない親がいることを知ってほしい」と行動している松本さんをこれからも応援したいです。

春からは手話の勉強会もとり入れて開催。月1回の「きこえないママ×まちプロジェクト」(写真提供/松本茉莉)
春からは手話の勉強会もとり入れて開催。月1回の「きこえないママ×まちプロジェクト」(写真提供/松本茉莉)
季節ごとのヘルシーランチも好評な横浜市戸塚区の「こまちカフェ」(写真提供/こまちカフェ)
季節ごとのヘルシーランチも好評な横浜市戸塚区の「こまちカフェ」(写真提供/こまちカフェ)