日本ではオーストリアといえば、ハプスブルグ家などの歴史やモーツァルトなどの芸術、さらにミュージカルの名作『サウンド・オブ・ミュージック』など文化的なイメージが強いのでは。でも欧米諸国の人々にとってここは大自然に触れることのできるエコな旅先のひとつです。つまり自然は大切な観光資源。もともとヨーロッパの中でも突出したエコフレンドリーな国であるオーストリアで、世界の旅行業者さんたちと一緒に「自然と旅」について考え、体験しました。(文・写真:岩佐 史絵/トラベルライター)

“考える”ためのビジネスイベント

トレードショー会場の前に広がる景色。屋内にいるのがもったいない!
トレードショー会場の前に広がる景色。屋内にいるのがもったいない!

 オーストリアはチロルの山々に代表される大自然の宝庫として知られており、国を挙げて自然との共存と持続性を長い間考え続けてきました。2年ごとに世界の旅行業者を集めて自然回帰を問う旅行業界イベントATB-エクスペリエンス(Austria Travel Business – Experience)も、その一環。毎年開催されるトレードショー(見本市)に加え、「自然の中で過ごす」旅行スタイルの重要性を、世界28か国から集まった旅行業者とジャーナリストたちで考え、話し合う機会となっています。

 今回のテーマは「Nature Reloaded(改めて自然を体験しよう、といった意味)」。チロルの東に位置するカルスという山間の小さな村での開催。もちろんこの村も自然の観光素材が豊富な名所として知られています。ここで、周辺のアクティビティを実際に体験してみるのです。

 ATBのスケジュールは2泊3日。宿泊ホテルに到着するとすぐ、周りを散策などして過ごします。地元のガイドさんに土地の生態系や植生についてのお話をうかがいつつのお散歩。ちょうど子ども向けの散策路があったため、どんな生き物がいるのか目で見てすぐにわかるような看板もありました。

 ヨーロッパ専門のある旅行会社さんによると、スイスやドイツ、イタリアなどにもこうした自然景観を楽しめる場所はありますが、オーストリアはとりわけファミリーフレンドリーなため、家族旅行には特におすすめとのこと。なるほど、子ども目線で自然を楽しめるようになっているのもうなずけます。

「現代人には精神的な“癒し”が必要」

ディスカッションはいろいろな国の旅行業者さんたちと
ディスカッションはいろいろな国の旅行業者さんたちと

 翌日は朝からディスカッション。まずはエコロジストのハリー・ガッタラー氏による基調講演を聴きます。「現代は肉体労働よりもデスクに座って頭脳労働をする人がほとんど。“癒し”とは身体を休めることではなく、精神を癒すことが重要」との意見には、納得しきり。

 確かに、休暇中にただなにもせず家でごろごろするよりも、外へ出るほうがずっとすっきりします。いつもと違った環境、特に澄んだ空気、マイナスイオンに満ちた森の中などに身をおくだけでも十分リフレッシュできたという経験をした人は多いでしょう。近年ハイキングや山登りといったアウトドアブームが巻き起こっているのも同じ理由ではないでしょうか。そして、そうした大自然の中に人々を送り込むのが旅行業者で、彼らはここで「どうすれば自然を壊すことなく、より多くの人々に癒しの旅をしてもらえるか」を話し合います。

不思議な癒しパワーをもつクリムルの滝。近くにいるとずぶぬれに。夏にぴったり
不思議な癒しパワーをもつクリムルの滝。近くにいるとずぶぬれに。夏にぴったり

 なにしろ、旅行業というのはまず「場所を移動する」ため、どうしても二酸化炭素を排出してしまう業種です。特に最近では、環境に配慮し、環境破壊をしない旅行商品の開発が望まれており、業界として環境について考えるため、このようなイベントが必要なのです。一般的にビジネス・トレードショーとはバイヤーに対する商品のPRを目的としていますが、啓蒙に力を入れたatb-エクスペリエンスのようなイベントは他に例がありません。

ぜんそくが軽減する!? 自然の力

滝のそばにはお土産物屋さんやレストランが。人気の観光地
滝のそばにはお土産物屋さんやレストランが。人気の観光地

 さて、午後からは屋内を抜け出して実際のアクティビティ体験へ。いくつかのテーマにわかれた自然系アクティビティを体験します。筆者が選んだのは「文化」。“文化系自然アクティビティ”とはどんなものでしょうか――。

 まず訪れたのは、ザルツブルク州に位置するホーエ・タウエルン国立公園。風光明媚なことで知られるこの国立公園の中でも目玉となるクリムルの滝は、オーストリアで最も高い滝といわれています。落差380mを岩盤にぶつかりながら落ちてくるこの滝はただ美しいだけでなく、最近では、ちょっと気になる効果で研究され、注目を集めているそう。

 研究を行ったのは、パラセルサス医療大学のアーナルフ・フルトル博士。ぜんそくやアレルギーをもつ60人の子どもたちを2週間この地に招待し、彼らをふたつのグループにわけ、ひとつのグループには毎日1時間半、滝のすぐそばでのアクティビティを行ってもらい、もうひとつのグループは滝から離れた場所で同じアクティビティをしてもらいました。ふたつのグループの呼吸器の機能を測定したところ、滝に近いところで遊んでいた子どもたちには明確に回復したという数値を示しました。

自然の癒しパワーを探るフルトル博士 Dr.Hurtl
自然の癒しパワーを探るフルトル博士 Dr.Hurtl

 博士によると「治癒まではできない。とはいえ、ここで遊んだ子たちはその後4か月間にわたり体調がよい状態が続いている」とのこと。この付近にはほかにも滝がありますが、このクリムルの滝だけにこの結果が得られたのだといい、ミネラル分の豊富な水が三段階にわたって岩盤にたたきつけられるため、しぶきが小さく細かくなるからでは、と見てその原因の究明を急いでいます。

 子どもたちからすれば大自然の中で楽しく遊んでいただけのこと。アレルギー症状などのない人にとってはただの風光明媚な滝のように見えるかもしれませんが、実際に自然による“癒し”があるということが、科学的に証明されようとしています。

 自然の中で過ごすこと、そしてその自然を守ることの重要性。それを十分に知っているオーストリアは、中欧の小さな国でありながら世界を牽引するエコツーリズム先進国としてその存在感を示しています。後編ではそんなオーストリアの食事情についてご紹介します。

チロルの山にもカエルはいるケロ。子ども向けの遊歩道は情報満載
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