個性を重視する教育に力を入れてきたスウェーデンでは、今、学力低下が懸念されています。スウェーデンで子育て中の翻訳家・久山葉子さんに、日本人ママから見たスウェーデンの教育事情を伺ってみました。(取材・工藤千秋 写真提供・久山葉子)

 環境にやさしく子育て支援が充実、そんなイメージがある北欧の国・スウェーデン。

 1990年代、大胆な教育改革を実施し、教育の地方分権を進め、自主性や個性を重んじた教育方針を掲げました。

 しかし、ここにきて、深刻な学力低下が国内外から指摘されています。経済協力開発機構(OECD)参加国が中心となって、2000年から3年後とに実施されている国際学習到達度調査(PISA)。2012年のスウェーデンの結果は、「読解力」「数学的応用力」「科学的応用力」の3教科すべてにおいて、OECDの平均点以下でした。2000年と2012年を比べてみると、読解力は9位→36位、数学的応用力は15位→38位、科学的応用力は10位→38位。このようにスウェーデンは国際比較による学力順位をこの10年あまりで大幅に落としており、国内でも大きな議論を呼んでいます。

 実際、スウェーデンの親たちは、この「学力低下問題」をどう捉えているのでしょうか? スウェーデン在住歴5年の翻訳家・久山葉子さんに、来年、子どもの小学校入学を控えた親として、また高校で日本語教師として働く立場から感じた、スウェーデンの教育を語ってもらいました。

地方分権による教育格差と教師の待遇の悪さが原因?

 私は2010年、子育て中心の暮らしをしたいと夫と娘と3人でスウェーデンへ移住。現在は首都のストックホルムから飛行機で1時間ほどの地方都市スンツヴァルで翻訳の仕事をしながら、地元の高校で日本語教師としても働いています。一人娘は今、小学校に入る前の就学前クラスに在籍中。これは、保育園から小学校への橋渡しをするようなクラスで、アルファベットの読み書きや簡単な数の概念を遊びながら学ぶというようなことをしています。

小学校入学に通う「就学前クラス」は、学校での勉強や精神的なワンクッションをおくための準備期間です
小学校入学に通う「就学前クラス」は、学校での勉強や精神的なワンクッションをおくための準備期間です

 スウェーデンの学力低下については、さまざまな原因が指摘されています。

 第一に、現在の教育制度では、カリキュラムや学校の運営はすべて地方自治体の管理にあるため、地域差が生まれているということ。自治体ごとに規模も予算も違うため、住んでいる場所によって教育レベルに差が生じているのです。

 次にあげられるのが、先生の待遇があまりよくないということ。教育の地方分権で、公立校は先生も国家公務員から地方公務員へと立場が変わったのですが、労働条件に対して給与が低いため、「先生になりたい」という人が減っています。教育の質を高めるには、質の高い教員の人材確保は不可欠。教育の立て直しの一環として、最近は先生の給与水準も少しずつ上がってきているようです。

 積極的な移民政策も影響があるといわれていますが、これには私は疑問を持っています。PISAのテストを受ける15歳ともなると、たいていの移民の子どもたちは、すでにスウェーデンでの暮らしが長く、読み書きに不自由していない子が多いでしょう。また、移民の子どもたちのほうが勉強熱心ということも少なくありません。個人的な意見ですが、一概に積極的な移民政策が学力低下の原因とばかりはいえない気がしています。

教育で最も重視するのは、自主性や個性

 まず、スウェーデンの学校教育の大前提として、保育園から大学まで無料で受けられるということがあります。「教育はタダ」というのがスウェーデン人の感覚です。

 高校や大学入学時も日本でいう受験のようなものはありません。高校進学時は何種類にも別れた職業コースと進学コースから進路を選択。大学は高校の成績や全国統一試験の成績で入れる学校が決まります。大学選びで大事なのは、学校名ではなく、何を学ぶかということです。

自主性や個性を重視した教育が行われています
自主性や個性を重視した教育が行われています

 学校のカリキュラムでは、子どもたちの主体性や個性を重視することがすべての基本。日本のゆとり教育に輪をかけたのんびりしたイメージで、宿題も少ないし塾は一切ありません。

 受験がないためクラスの生徒のレベルはまちまち。どうしても授業内容はクラスで一番できない子に合わせることになってしまいます。その分、勉強ができてもっと学びたいと思っている子にとっては、授業がつまらなく、学ぶ意欲をなくしがちという課題もあります。

 また、子どもたちに順番をつけたり、比べたりするのはルール違反。保育園時代の経験ですが、「何かいいことをしたらシールをもらえる」という取り組みを園が行ったところ、保護者から「シールをもらえる子ともらえない子がいるのは、比べる原因になるのでやめてほしい」とクレームがでたほど。先生も今日この子をほめたら、明日は別の子をほめるというように、「比べない」「平等に扱う」ことへ感覚は徹底しています。

勉強より、子ども自身の幸せが一番

親は口出しをせずに、子どもが自分で未来を切り開くのをじっと見守って育てるのがスウェーデン流
親は口出しをせずに、子どもが自分で未来を切り開くのをじっと見守って育てるのがスウェーデン流

 日本では、2003年のPISAで国際的な順位が大きく下がったとき、文部科学省への批判や公立学校の教育への不信などが取りざたされました。では、今のスウェーデンの親たちも同じように教育不信を感じているのか?というと、私からしてみると、そこまで危機感を感じているという印象はないのです。

 教育の低下は確かに国家レベルで議論されていて、選挙の大きなテーマになることもあります。それでも、スウェーデンの親たちは、特に子どもが小さなうちは「遊ぶことが一番」と考えています。もちろん、家庭にもよりますが、学力向上を一番の優先事項と考えて、熱心に子どもに「勉強しなさい」と働きかけることは少ないようです。

 親は「子どもが幸せであれば、それでいい」というスタンス。子どもが自分の人生を切り開いていくのに、親は口出しをしないという姿勢も強く感じますね。

学力が低下していても、「心の健康度は高い」

スウェーデンの親は「楽しくのびのびと学ぶ」ことが一番と考えているようです
スウェーデンの親は「楽しくのびのびと学ぶ」ことが一番と考えているようです

 スウェーデンの学校では、詰め込んだり暗記したりという授業はなく、ディスカッションやプレゼンテーション能力、創造力を評価します。

 日本で教育を受けて、今、スウェーデンで子育てしている私からしてみると、「子どもたちは自分で考えることができているし、何より幸せそう。親たちが、学力低下をあまり深刻に受け止めていないとしても、それはそれで納得できる」と思っています。

 日頃から高校教師として生徒たちに接していますが、少なくともうちの学校では、「学校に行きたくない」とか「いじめに悩んでいる」という子はほとんど見かけません。どの子もすごく学校生活をエンジョイして楽しそうです。

 そういう姿を見ているからか、「日本とスウェーデン、どっちの教育がいい?」といわれると、私はやっぱり、スウェーデンののびのびとした教育に魅力を感じます。

 学力はともかく、心の健康度はすごく高い。それがスウェーデンの教育なのだと思います。

久山葉子(くやま・ようこ)さん
スウェーデン在住の翻訳家。スウェーデン大使館勤務を経て、2010年より、理想の子育て環境を求めてスウェーデンに夫、娘の3人で移住。北欧ミステリー翻訳を手がけるほか、ライター、コーディネーターとして活躍。日本語教師として、現地の高校の教壇にも立つ。最新の翻訳本は『死を歌う孤島』(アンナ・ヤンソン著・創元推理文庫)

(2015年7月22日)