現在、世界では1億6800万人もの子どもが教育を受ける機会など基本的な人権を奪われ、労働を強いられています。2014年にノーベル平和賞を受賞したインドの人権活動家カイラシュ・サティヤルティさんは、38年間にわたって児童労働の根絶に取り組み、これまでに8万4000人以上の子どもたちを強制労働や性的虐待など過酷な状況から救い出してきました。現在も精力的に活動を続けるサティヤルティさんは、日本だけでなく、世界で広がる貧富の差に警鐘を鳴らします。児童労働根絶のために日本の消費者ができること、そして強い信念の人、サティヤルティさんが育った家庭について尋ねました。(聞き手はエコマム編集長 村上富美)

英のEU離脱、難民受け入れへの影響を懸念

―先月末、イギリスが国民投票でEUからの離脱の道を選び、欧州のみならず、世界にショックを与えました。この結果は児童労働の根絶を訴えるサティヤルティさんの活動にも影響を与えるとお考えですか?

サティヤルティ 私が恐れるのは、EU内でも難民の受け入れに対して、議論が分かれる中、難民受け入れに影響が出ることです。欧州各国には難民問題に向き合い、できるだけ難民、とりわけ子どもたちの受け入れに力を入れてほしいと思います。単に安全な場所に保護すればいいというのではなく、難民の子どもたちに教育を受ける機会を与えてほしいのです。

来日時には国際NGO ACE(岩附由香代表、<a href="http://acejapan.org" target="_blank">acejapan.org</a>)の招きで宮城県山元町の被災地を訪れ、子どもたちと交流した
来日時には国際NGO ACE(岩附由香代表、acejapan.org)の招きで宮城県山元町の被災地を訪れ、子どもたちと交流した

 今回のイギリスの選択は、EUの他の国に対して、EU離脱という道があることを示す結果となりました。今後は、欧州域内の統合を図り、団結して国際問題の解決に取り組むよりも、自国の国民への福利厚生を優先する傾向が強まるかもしれません。となると国際的な協調が後退し、発展途上国への援助、特に子どもたちへの教育援助が減ってしまうのではと心配しています。

 もちろん国民投票の結果は、多数の民意として尊重されるべきです。ただイギリスのように豊かで教育を受けている国民が、なぜ、国際的な融合よりも自国を優先するような選択をしたのか、分かりません。

 今は世界的な危機や紛争、テロの脅威が広がり、欧州だけでなく各国が協調し、立ち上がるべきときです。これまでになく団結が求められているのに、人々の関心は自国の国内やもっと狭い方に向いているようです。市場や経済についてはグローバル化を求めるのに、その一方で、人々の心は国際化よりも閉じる傾向にあるように見えます。

―現在は、世界的にも、英国でも日本でも国の中での貧富の差が拡大しています。人々が内向きになる背景には、貧富の格差の問題も影響しているのでしょうか。

サティヤルティ 間違いなく影響しています。世界的に見ても、国レベルでも貧困層は拡大しており、格差が、各国で深刻な社会的緊張を生んでいると思います。最終的にそれが暴力に結び付く可能性もあります。貧困はそれ自体が、"静かな暴力" なのです。不平等も "隠れた暴力" です。こうした暴力は、実際は社会の安定を脅かし、先行きに不安を与えているのです。格差は解消されるべきで、拡大していくのを放置すべきではありません。

 2000年には世界の富の48%をたった1%の人が握っていると言われましたが、現在は51%を1%の人が握っているといわれます。深刻な状況だと思います。

関心を持って動くことで世界は変えられる

―この状況の中で、児童労働を減らすために一般の市民ができることは何でしょうか。

サティヤルティ まずは世の中で子どもに何が起きているか、関心を持ち、知識を得ることです。あなたは自分の子どもは、平和で安全でいてほしいと思うと思います。しかし世界で、危険や暴力にさらされている子どもがいる限り、あなたの子どもの生活も何らかの影響を受けているのです。

 温暖化やテロの拡大、不平等の拡大、高い失業率の問題など、今、起きている問題は将来にわたりあなたや子どもの世代に影響を及ぼすのです。まずは、何が起きているのか、関心を持つことです。

 例えば、あなたが日々使う商品が、児童労働によって作られたものでないことを確認してください。雑貨や靴、衣料品、チョコレートなどの食品、おもちゃ、スポーツ用品。それらが子どもを強制的に働かせて作った製品でないことを確認してほしいと思います。そうすることで、世界をよりよくすることができるのです。

―製品自体に説明や表示がなければ、児童労働で作られていない製品であると判断するのは難しいのですが、製造・販売する企業はその点をもっとアピールするべきでしょうか。

サティヤルティ 企業は消費者の求めに応じて変わるのです。ですから消費者側が、買おうとしている製品は児童労働で作られていないかを、企業にぜひ尋ねてほしいと思います。売っている店に尋ねてもいいし、メーカーのウェブサイトから質問を送ることもできます。製品を作る工場だけでなく、原料の仕入れまでさかのぼって、子どもを働かせていないかどうか確かめてください

 消費者が関心を持ち、スマートフォンやパソコンから問い合わせを送り、それが1000件になれば、いえ100件単位であっても、企業側は意識するでしょう。児童労働を使っていない企業は、そのことを製品に表示しようと考えます。それを見たライバル企業、特に児童労働を使っている企業は、児童労働をやめる方法を考えるようになります。こうして世の中の流れが変わるのです。

 お金はかかりません。多くの人がわずかの時間と手間をかけるだけ。人としての関心を示すだけです。それが大きな変化に結び付くのです。

―小さな行為でも社会を変えられる、ということですね。

サティヤルティ 同じように、政治家や議員にメールを書き「あなたは子どもたちのために、何をしていますか」と尋ねてみてください。日本では、6人に1人の子どもが貧困状態にあります。また子どもポルノも規制が進む一方で、水面下では今なお深刻な状態です。あなたの地域の議員に、子どもたちのためにどんな活動をしたか聞いてみてはどうですか。

 人間は基本的に、受動的になりがちです。つまり、今の状況を受け入れ、黙ってやり過ごしてしまう傾向があるのです。けれど私は、人は能動的になるべきだと思います。

 例えば9.11事件が起こる前、平均的なアメリカの国民は、自分たちは安全な場所にいて、自分たちを攻撃するような人など誰もいないと思っていたと思います。しかし一度の事件で、状況は一変し、人々は体験したことのない恐怖を感じました。

 今の状況を受け入れて生きるのでなく、世の中で何が起きているかを知り、それに対して自ら行動することが大切です。情報技術が発展した今の時代、一般の市民でも指を動かしてスマートフォンの画面を操作することで社会を変えられるのです。SNSなどでの発信も大きな影響を発揮します。

―日本企業の技術力も児童労働の根絶に役立つと発言しておられますね。

サティヤルティ 簡単な技術でいいのです。例えば、交通情報システムを利用すれば子どもや女性の誘拐、トラフィッキング(人身取引)の防止や摘発、児童の移送などの情報収集が可能です。駅やバス停などあらゆる施設にカメラを配備して、監視することで安全管理ができます。また、生体認証の技術を使えば、工場や鉱山で働く労働者の中に子どもがいないかどうか管理でき、児童労働の防止に役立てることができます。靴工場やチョコレート工場でも、労働者を指紋認証で管理したり、監視カメラを利用したりすることで、海外の工場に生産を依頼する場合も、現地で児童労働が行われていないか、確認することができるはずです。

2つのリンゴを50切れに分けて配った母

―サティヤルティさんについての記事を見ると、5歳で学校に通い始めたころに、校門の前で靴磨きをしていた少年を見て、なぜ同じ子どもなのに学校に通えないのかと疑問を持った、というエピソードが紹介されています。上位のカーストのご出身と聞いていますが、幼い頃から、そういう問題意識を持っていたのは、ご両親の影響でしょうか。

サティヤルティ 特別な教育を受けたわけではありません。うちはインドでは、経済的には中の下くらいの、普通の家庭でした。

 母はとても細やかな心配りをする女性で、誰にでも優しい人でした。郷里で暮らす母は、デリーに出てくるときは、私の家に来るよりも、強制労働から救出された数十人の子どもを保護する施設に泊まりたがりました。施設では子どもたちからおばあちゃんのように慕われ、常に子どもたちに囲まれていたのです。

 こんなこともありました。母が施設にいるとき、私や妻や兄弟は、母にドライフルーツやリンゴなどの果物を手土産に持って行きました。あるとき知ったのですが、母はこのフルーツ、例えば、リンゴ2つを受け取ると、それを子どもたちと職員全員に行き渡るように、50切れ、60切れに切り分けて、みんなで食べていたというのです。彼女だけで食べるのでなく、全員に分け合う。そういう母の影響はあるかもしれません。

 ご存知のように、インドにはカースト制度があり、最下層の下に、不可触民とされ、虐げられている人もいるのですが、母はそうした人も最上位の人も関係なく、周囲の誰にも優しく、親しく接していました。

―お父さまはどんな方でしたか?

サティヤルティ 父は警察官でした。当時のインドの警察は汚職などがはびこっていて、父は上司から不正に加担するよう指示されていたようです。しかし父はそれを拒否したために苦労したようです。そのことで父が憤ったり、不満をもらしていたことを覚えています。

 政治家と犯罪組織、警察幹部が癒着しているのです。今でもこうした事情のために、取り締まりが甘いところもあるのは事実です。

 父はとても誠実で、母もそうですが、信心深い人でした。

―ご両親は、児童労働を根絶しようとする、サティヤルティさんの活動を誇りに思っておられたのでしょうね。

サティヤルティ 父は早くに亡くなったのですが、若い私がカースト制度に反対したり、社会問題に取り組んだりして、それがもとで論争が起きるのを見て、心配していました。社会にはさまざまな考えがあり、私の活動を気に入らない人も大勢いるのだから、と忠告されました。

 後にエンジニアの仕事をやめて、児童労働根絶の活動に専念することにしましたが、母はかなり心配しました。活動のために、インドでも最強のマフィア組織と戦うことになり、襲われることもありました。左足、左肩、背中など、体の骨を折られたり、けがをして病院に運ばれることもありました。

―活動中に襲われてけがをされたのですか?

サティヤルティ 銃で撃たれたり、鉄パイプで襲われたり。暗闇で相手が何を持っているのか、分からないことも。これまでに同僚が2人、命を落としています。

―お母さまが心配なさるのも当然ですね。

サティヤルティ 後年、母が保護施設に来た時に、母を子どもたちに会わせて「この子どもたちを僕たちが強制労働から救い出したんだ」と話しました。その時でしょうね、母が心から僕の活動を誇りに思って、喜んでくれたのは。

―お母さまはサティヤルティさんのノーベル賞受賞をお喜びになったでしょうね。

サティヤルティ 残念ながらノーベル賞受賞のときには、母はすでに他界していました。生前、人権活動家に贈られる米国の賞、ロバート・ケネディ人権賞を受賞したときには母はとても喜んで、孫、私から見ると甥に「銀行に貯めてある年金を引き出してきて」と頼んだそうです。そのお金で、インドの伝統的なラドゥというお菓子を7㎏分も買って、村中にふるまったのです。

 ノーベル賞を受賞したとき、私は家族と「もしお母さんが生きていたら、いったいどれだけ大量のラドゥを買って、みんなに配っただろうね」と話し、母を懐かしみました。

カイラシュ・サティヤルティさん
 1954年1月11日、インド・マディヤプラデシュ州ビディシャ生まれ。幼少期から学校に通えない子どもがいることに疑問を抱く。エンジニアを経て、1980年から子どもの強制労働や人身売買の撲滅に向けて活動を始め、「BBA/SACCS・南アジア奴隷解放連盟」を設立。苛酷な労働に苦しむインドの子どもたちの救出し、さらに保護した子どもたちの教育や社会復帰にも力を入れる。
 世界規模で児童労働に反対するグローバルマーチを展開し、ILO(国際労働機関)の「最悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃のための即時の行動に関する条約」の採択につなげた。消費者の啓蒙活動にも取り組む。2014年、パキスタンのマララ・ユスフザイさんとともに、ノーベル平和賞を受ける。

 日本発の国際協力NGO ACEは、カイラシュさんが呼びかけた1998年の「児童労働に反対するグローバルマーチ」をきっかけに団体を設立。以来、「児童労働のない世界」の実現のために活動を続けている。問題への関心を高めるために、今年5月にカイラシュさんを日本に招へいし各地で講演会やシンポジウムなど、様々な活動を行った。
acejapan.org