モロッコの人口の多数を占めるベルベル人。砂漠や荒野の広がるエリアにも多くの人が住んでいます。まるでローラーコースターに乗っているかのようなアップダウンの激しい荒野の奥の奥に、ベルベル人兄弟が運営するエコロッジがあります。ここでは水も電気も最小限、インターネットはもちろんありません。「いろいろ不便なのでは?」と聞くと、彼らはとても不思議そうな顔をしました。(取材・文:トラベルライター 岩佐史絵 撮影:織田桂子)

 マラケシュから車を走らせること約3時間。車窓に広がるのはごつごつと岩肌のむき出した、まさに「荒野」といった風景です。見渡す限り家や建物はなく、いったいどこに向かっているんだろう……と不安になってきたころ、崖に囲まれた一角にテントが密集して建てられている集落にたどり着きました。

こんな景色が延々と続く荒野の果ての果てに
こんな景色が延々と続く荒野の果ての果てに

 ここはベルベル人の兄弟モハメッドとアフマドの二人が運営するエコロッジ。厚手の布で覆われた典型的なベルベル人のテントの中にはベッドと簡易なバスルームが設置されています。公共の電気や水道はなく、メインビルディングの脇にあるソーラーパネルだけがこの施設の電源です。だから客室のテント内には小さな裸電球がぶら下がっているのみ、シャワーは近くの泉からくみ上げた水をタンクに貯め、太陽熱で温めた湯を少しずつ使うのです。二人で宿泊している場合、先に入った一人が豪快に水を使ってしまうと後の人はシャワーを使うことができなくなるだけでなく、トイレも流すことができなくなってしまいます。

本当に「何もない」、でも十分な設備の室内
本当に「何もない」、でも十分な設備の室内

シンプルな朝食がこんなにおいしい理由

 ここでのアクティビティは実にシンプル。飼われているヤギの乳搾りをしたり、家族が作っている野菜畑を散策したり。かまどでパンを焼き、たった今収穫したばかりの野菜を使って夕飯のタジンの作り方を教えてもらいます。食事が終わるとメインビルディングの灯りは消されてしまい、室内にもテレビやインターネットの環境はありません。ですが、外に出ればまばゆいばかりの星空。付近に街灯すらないことから、真っ暗な環境の中でたくさんの星が見られるため「星ふる谷」と呼ばれています。

(左)夕飯のタジンに入れる野菜は自家菜園から (右)シンプル、なのにこのうえなくおいしくありがたい
(左)夕飯のタジンに入れる野菜は自家菜園から (右)シンプル、なのにこのうえなくおいしくありがたい

 翌日の朝食に出てきたのは、昨日搾ったヤギの乳、その乳で作ったチーズにこれまた自家製の蜂蜜とかまどで焼いたパン。たったこれだけですが、実に美味。昨夜は夜更かしもせずパソコンやテレビの画面も眺めず、携帯電話の電波すら届かない完全なデジタルデトックス状態だったせいか、気分もお腹も快調! 自分でもびっくりするほどたくさん食べてしまいました。

 兄弟に話を聞くと、二人はこの谷で生まれ育ったそう。都会の大学へ進学し、都会生活を経験したもののやはり「ベルベル人らしい生活」を送りたいと地元に戻り、その生活様式を守りながら暮らしていく術を考えた末、このエコロッジ経営に思い至ったといいます。

「ベルベル人らしい生活を送りたい」とロッジを開いた兄弟
「ベルベル人らしい生活を送りたい」とロッジを開いた兄弟

しかし一度都会生活を経験したあとでは、ここでの生活はいろいろと不便に感じるのでは? 質問すると、二人は質問の意味がわからない様子。「不便ってどういうこと?」「水がなくなったり、電気が少なかったり……」「???」。根気よく質問の意図を説明すると、お兄さんのモハメッドさんが言いました。「僕らはどのくらいの量の水と電気を持っているのか知っているのだから、それ以上使わなければいいだけのことじゃないのかい」。

満ち足りた人だけが知る豊かな暮らし

 育てているアーモンドやとれた蜂蜜は町へ売りに行き、洋服や肉と交換してきます。テントに使う大きな布は古くなった洋服を裂いて編み直して作ります。もちろん、車のガソリンや電話料金などお金がなければ払えないものも必要ではありますが、きっとそれらがなくても何不自由なくちゃんと生きていくのだろうな、と思わせられます。だって彼らは「足りる」ということを知っているから。ないものをねだるということはなく、無駄なものもない。それがベルベル人の生活なのです。

BGMは風の音とヤギの鳴き声
BGMは風の音とヤギの鳴き声

 ベルベル人の生活体験ができる、というのが売りのこのエコロッジ。ただの体験以上のもの、彼らの精神をも学ぶことができるうえ、本当にホンモノの“エコ”を考えるきっかけとなりました。

この夜空を見つめるだけでも最上のアクティビティ
この夜空を見つめるだけでも最上のアクティビティ

取材協力:カタール航空、HISモロッコ