東日本大震災から4年半、今年は大雨による水害も起こり、防災の必要性が指摘されています。

 防災というと、どうしても、災害に強い家や街づくりということに視点が置かれがちです。けれどそれと同時に、災害が起こった時に医療資源をどうやって提供するか、病院へのアクセスをどうやって確保するか、大けがをしていなくても持病や障がいをお持ちの方の健康状態をどのように守るか、という部分の準備を進めなければいけないということが、東日本大震災でよく分かりました。

東日本大震災の現場で

 あの東日本大震災で避難所を回り妊婦さんや赤ちゃんを探し、体調を確認し続けた私が痛感したのは、妊婦さんや赤ちゃんを取り巻く多くの関係者の連携や調整がとても難しいということです。

 例えば、避難所で体調の悪い妊婦さんを見つけても、どこの病院に連絡すればいいのか、どの保健所のどの部門の方々にどうお願いすればいいのか、また、高齢者や上のお子さんの面倒を誰が見るのか、避難所の炊き出しの順番を代わってもらうにはどうするのか、防災組織の方々への説明は、などなど母子を守るために力を借りなければいけない人が多すぎて、支援する側もされる側も疲弊してしまいました。

 災害直後の救助も大事ですが、私自身が東北で被災地の避難所を回った際、大人と子どもの癒しのプロセスは違うということをつくづく感じました。大人は、千年に一度の災害だと分かっていますから、何とか耐えてやり過ごせます。けれど、昨日と明日の違いがやっと分かるか分からないか、というほどの年齢の子どもたちは、明日もまたあの恐怖が来るかもしれないという不安を抱えていました。また、遊びや笑いで不安を紛らわそうとして周囲の大人から激しくたしなめられて委縮していました。

 子どもは、遊ぶこと、笑うことで少しずつストレスを消化し、癒すプロセスがあります。真剣に泣き笑い、遊ぶ中で、周囲とのつながりを取り戻し、心を落ち着かせます1)。その子どもたちは傍目から見ると「こんな非常時にふざけて」と映るかもしれませんが、心の回復のためには必要なプロセスなのです。

子どものたちのための場所作りを

 そういう子どもたちやお母さんたちを安心させ、保護するには睡眠と食事を確保するための場所作りを災害前から決めておかなければ、いざという時に次世代が優先されることはあり得ません。なぜなら、世界一子どもが少ない国となった日本では、15歳以下の子どもが全人口の10分の1となり、妊婦さんや子どもたちが一番のマイノリティとなって、そのニーズが見えにくく、声を上げづらくなってしまったからです。

 震災の時に避難所などで出会った妊婦さんからは、「炊き出しに並んだけれど、妊婦であることを言い出せませんでした」「水汲みの順番を待つ時も、妊婦だからと気を遣われるのが嫌で黙っていた」という話をよく聞きました2)

 同じ母親として、気兼ねしてしまう気持ちは分かりましたが、やはり、妊婦さん本人が遠慮していても、周囲に気兼ねをしても、安全な場所に移せるような、そういう事前の取り決めがあった方が良いと思いました。妊婦さん自身は空腹に耐えられると思うかもしれませんが、おなかの中の赤ちゃんが飢餓状態になると、成長が悪くなったり、少しのエネルギーでも溜め込む体質になってしまったり、後々の人生にとって良いことは一つもありません。

 私は、日本プライマリ・ケア連合学会、東日本大震災支援プロジェクト(PCAT: Primary Care for All Team)の派遣医師として、4月1日から宮城県、岩手県沿岸部、特に石巻市および南三陸町を中心に母子のアセスメントをして回りました3)。災害直後は行政や保健所の機能がマヒしており、乳幼児や妊産婦が避難所には少なく,甚大な被災地から近隣の非被災地域へと早々に避難したと言われていましたが、避難所を回るうちに、実際には多くの妊産婦がアクセスの悪さや家族の中での役割を重んじて避難できなかったということが分かりました。

 行政に、避難所の妊婦さんについて情報を提供しましたが、この時期から、保健師さんたちが避難所内の巡回により,保健所や救護所で“待っていた”姿勢から“出前する”姿勢へと転換し,声を出さない災害時要援護者を把握するようになりました。また、私たち母子支援チームも、既存の母子ネットワークや病院との連携を活用し,産院の休診・復旧,再会状況などを携帯メールマガジンを介して提供するなど,被災地の母子保健の状況把握と情報提供につとめました。

 日ごろは、人口減少や少子化が声高に危機感を持って語られているにもかかわらず、せっかく授かった命を、災害で失わないように守るための仕組みがないということは、最近のさまざまな調査結果から分かっています。

 例えば、東北大学 東北メディカル・メガバンク機構地域医療支援部門 母児医科学分野東北大学病院産婦人科の菅原準一教授はご自身も東日本大震災で妊産婦や新生児を助けるために働かれていましたが、搬送先探しや支援がうまく進まなかった経験から、昨年全国47の都道府県に一斉調査を行いました4)。その結果、災害時の母子保健や産科医療対応に関する具体的な取り決めが「なし」と回答したのは33自治体(70.2%)で、自治体内での対応を検討していない自治体が39、隣接する自治体との広域連携を検討していない自治体は43で9割を超えていたことが分かりました。

 妊婦さんは、妊娠しても8か月で出産後には妊婦さんではなくなってしまいます。このように正常と病気の間を行ったり来たりする立場では、誰が責任を持って妊婦さんの面倒を見るのか、安否確認をするのかが不透明なままで、自治体としても災害時の妊婦さん対応が抜け落ちてしまうのはやむを得ないのかもしれません。

 例えば、小学生以上の児童や学生であれば、教育機関が守ってくれますが、妊婦さんや就学前の乳幼児はどうしても自治体の役割分担のはざまで忘れられがちでした。都道府県でも、「災害」と「周産期(お産に関する分野)」をそれぞれ担当する人はいましたが、一つ一つが膨大な課題を抱えていましたので、「災害×周産期」の両方をカバーすることは出来なかったのです。

災害の多い、少子化の日本だからこそ世界に先駆けた取り組みを

 現在、先進諸国では高齢化が進んでいます。また、特に北半球では温暖化に伴って風水害等の災害が増加していることが知られています。震災を経験した日本だからこそ、世界一の少子高齢化国である日本だからこそ、災害時にマイノリティとなりつつある次世代を救う仕組みについて世界に伝えられたら、と願っています。

 混乱の最中で,乳児を抱える親に対し,小学校保健室や避難所の一角に場所を授乳部屋(場所)として活用できるよう避難所内の配置の調整を行ったり,母子等被災弱者を優先的にホテルや少しでも設備の整った避難所に誘導したりするなど,居場所の確保に対する工夫が必要です5)

 また、現在、災害時母子避難所を作る動きが東京都の文京区、世田谷区、港区、北区、江東区をはじめ三鷹市、小平市、日野市、福生市、調布市、など各自治体で広がっており、このような取り組みが災害時だけでなく、平時の子育て層を安心させ、仲間を作るきっかけになることが分かってきました。この広がりを受け、2015年に内閣府で作られた新たな少子化対策大綱(2015年から執行)や第二次健やか親子21などの政策の中でも取り上げられるようになりました。

参考①:少子化対策大綱「施策の具体的内容」6)
<地域の安全の向上>
○災害時の乳幼児等の支援
・地方自治体において、乳幼児、妊産婦等の要配慮者に十分配慮した防災知識の普及、訓練の実施、物資の備蓄等を行うとともに、指定避難所における施設・設備の整備に努め、災害から子供を守るための関係機関の連携の強化を図ることを促進する。

参考②:第二次健やか親子217)
〇基盤課題A:切れ目ない妊産婦・乳幼児への保健対策
参考とする指標
・災害などの突発事象が発生したときに、妊産婦の受入
体制について検討している都道府県の割合

 現在、医療従事者、助産師、産婦人科医、行政、地域の子育て世代が中心となり、定期的に災害時母子避難所研修を行う地域が増えています8)。内容としては、災害時の対応についての学習、HUG(避難所運営ゲーム)を用いた避難所での母子の自助、共助に関するワークショップ、そして、平時からの連携、平時の啓発、啓もう活動などが主です。

 また、平時から母子や母子を取り巻く人々の「受援力」9)を強化し、助け合えるコミュニティ作りを勧めるワークショップが各地で開催されています。

 災害多発国の日本が、このような教訓を、世界の子どもたちの健康と安全、そして、1000年後の世代を守るために貢献できればと願っています。

1) 吉田穂波.東日本大震災の子ども学:子どもの心のケア.【被災地レポート】第7回 被災から数ケ月、子どもの心のケア-今からできることに目を向ける.Child Research Net. 2011年8月 5日.http://www.blog.crn.or.jp/lab/06/28.html

2) 荒木裕美ら.ママと赤ちゃんの復興まちづくりin石巻 報告書.2015.

3) 吉田穂波ら.東日本大震災急性期の周産期アウトカムと母子支援プロジェクト.日本プライマリ・ケア連合学会誌,Vol. 38 (2015) No. Supplement 特別号 p. 136-141.2015.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/38/Supplement/38_136/_article/

4) 菅原準一ら.平成26年度厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業「東日本大震災被災地の小児保健に関する調査研究」班(代表:呉繁夫)「産科領域の災害時役割分担、情報共有のあり方検討Working Group」平成26年度報告書,2015.

5) 中板育美ら.平成26年度厚生労働科学研究費補助金「被災後の親と子どもの精神保健のあり方に関する研究」(代表:五十嵐隆)「被災後の子どものこころの支援に関する研究~保健師の活動のあり方~」(研究分担者:中板育美)平成26年度分担報告書,2015.
https://cloud.niph.go.jp/fileshare/download?file=XhpKkHX6vS3sniwm1TNM

6) 内閣府.少子化社会対策大綱.2015.
http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/law/pdf/shoushika_taikou2_b1.pdf

7) 厚生労働省.「健やか親子21(第2次)」.2015.
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11908000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Boshihokenka/0000045759.pdf

8) 吉田 穂波.平成26年度厚生労働科学研究費「妊産婦・乳幼児を中心とした災害時要援護者の福祉避難所運営を含めた地域連携防災システム開発に関する研究」(研究代表者:吉田穂波)平成26年度総括研究報告書.2015

9) 母子向けのリーフレットはこちらから無料ダウンロードできます。http://ndrecovery.niph.go.jp/quartett/ask_help.pdf