苦手があるからこそ、際立つ強みを発見できる

 世間では「好きなことを早く見つけなさい」と言われることが多いので、意外に感じられるかもしれませんが、僕は「嫌い」「苦手」というマイナスの感情もまた、人間を強く律する基準になるものだと思っていて。

 いや、むしろ「嫌い」のほうが「好き」よりも信頼できる基準かもしれないです。なぜなら、「好き」の対象は年代によってコロコロ変わることも多いですが、「嫌い」の対象はあんまり変わることがない。例えば、「親父にされたああいうこと、自分は絶対にやりたくないぞ」という強い否定は、大人になってからも行動を決める指針になっていきませんか。

 好きなことがすぐに見つかったらラッキーだけれど、皆が皆すぐに見つけられるわけじゃない。嫌いなことや苦手なことを避けていって、最終的に残った何かが、もしかしたら人生の目標になるかもしれない。好きなことと嫌いなこと、入り口は正反対だったとしても、最終的に選ぶ道は同じじゃないかなって思うわけです。だから、「嫌いなことから夢を決めてもいいよ」と子どもたちには教えてあげたいですね。

 とはいえ、親としてはつい「苦手を克服させてあげなきゃ」と嫌いなことを「なくす」方向へ力を注ぎたくなりますよね。その気持ちもすごく分かるんですけれど、よくよく考えてみたら、「苦手」はその子の特徴の一つであって、苦手があることで際立つ強みも発見できるかもしれない。「この子は友達付き合いが苦手だよね。でも、その代わり、一人で絵を描いている時にものすごく集中してる」というように。

 苦手と得意は表裏一体でセットなのだという眼で、親がじっくり観察してあげて、「できないことがあるおかげで、こんなにできることがあるね」と光を当ててあげる。

 ちなみに、これは僕自身もそうだったから明言できることなんです。