子育てだけでも大変なのに、仕事で後輩や部下を育成するなんてもっと大変では? そう思っている人もいるかもしれません。リモートワークなどの新しい働き方が広がり、管理職としての業務の在り方や人材育成の方法も変わりつつある中、DUAL世代の管理職たちはどのように考え、奮闘しているのでしょうか。この連載では、毎日バタバタ、悩みながら一歩一歩進むDUAL世代の管理職のリアルな姿を紹介しつつ、新しいマネジメントの在り方を探っていきます。

今回は鉄道会社の新規事業部門で課長を務める大原恭子さんのストーリーを前編・後編でお届けします。前編では、コロナ禍での部下とのコミュニケーションと、家事やストレスの手放し方について聞きました。

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育休復帰後数カ月で、昇進選考エントリーの打診を受けた

 「東京メトロ」の愛称で知られる、東京地下鉄の新規事業部門で管理職として働く大原恭子さん。課長として5人の部下を束ねながら、新規事業の創出を手掛け、社内提案制度やアクセラレータープログラム(外部企業との新規事業)の事務局運営などに携わっている。最近では、駅構内で視覚障がい者をナビゲーションするシステム「shikAI」の開発・サービス導入や、東京メトロ沿線およびオンライン上でのeスポーツジム事業への参入などに関わった。私生活では6歳と2歳の子のママだ。

大原恭子さん(41歳)
東京地下鉄 経営企画本部企業価値創造部 課長

2002年、新卒で帝都高速度交通営団(営団地下鉄、当時)に入団。人事部、営業部、広報部、総務部などを経て、20年4月に経営企画本部企業価値創造部に異動。同時に課長に昇進する。14年と18年に出産。現在は週2日程度出社、週3日程度テレワークで勤務している
2002年、新卒で帝都高速度交通営団(営団地下鉄、当時)に入団。人事部、営業部、広報部、総務部などを経て、20年4月に経営企画本部企業価値創造部に異動。同時に課長に昇進する。14年と18年に出産。現在は週2日程度出社、週3日程度テレワークで勤務している

 大原さんは大学時代にゼミで公共経済を学んだことをきっかけに、公共交通機関でありながら生活に密着したさまざまな事業を展開する鉄道会社に興味を持った。02年に当時の営団地下鉄に入団。人事系の部署に配属され、異動業務や人材採用を担当した。入社9年目の11年に課長補佐になり、5人の部下を抱える立場に。その3年後の14年7月に最初の産休・育休を取得した。

 大原さんが入社した当時、女性の総合職は少なかった。大原さんは41歳だが、「女性総合職で数えると上から5、6番目」。一番の先輩は男女雇用機会均等法が施行された頃に入社した世代。その後も女性の入社が続いたものの、転職や退職で数が減った。だが、それでも会社に残り、管理職として仕事と子育てを両立する先輩社員の姿に勇気づけられたという。

 「最初の育休は課長補佐の立場で取得しましたが、それまでにも育休から復帰した管理職の先輩を見ていたので、特に不安は感じませんでした。第1子の出産が夏だったので、翌4月の復帰はさすがに生活が落ち着かない気がして見送りましたが、年度途中でも募集が出やすい認証保育園に絞って保活をし、長男が1歳になる直前の15年7月に時短勤務で復職しました」

 18年には第2子を出産。課長昇進の選考にエントリーするかどうかの打診を受けたのは、2度目の育休復帰から数カ月後の19年秋だった。

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  • テレワークで最初は新メンバーとの意思疎通がうまくとれず
  • 家事代行業者に掃除、シーツ交換まで依頼

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