日本を代表する有名校の先生が、中学生や高校生に読ませたい本、卒業して大学生や社会人になってから読んでほしい本、読み返してほしい本を紹介。教養を身に付ける、人間として成長する、人生を豊かにするなど、さまざまな視点で解説していきます。(日経BOOKプラスの連載から転載/写真:maroke/shutterstock.com)

「古文なんて勉強して意味あるの?」

 こう質問されたことは数えきれません。それは受験を前にした生徒が自身にとっての意味を問うものであったり、古文の教師として生きる僕に向けられたものであったり。

 どんな意味を持つかは人によって様々でしょう。

 ただ、これだけは伝えたいと思うのは、「古典を読むってすごく楽しいんだよ」ということです。1000年も前に生きた人が何を感じていたのか、即興で詠んだその歌にどんな思いを託したのか。1000年の間、人々を共感させてきた文章に、今を生きる僕らが触れられる奇跡が、面白くないはずはないんですよ。

鎌田亨(かまたとおる)。開成中学校・高等学校 国語科教諭。1975年東京都生まれ。開成中学校、高等学校を経て、東京学芸大学を卒業、同大学院修了。趣味はオーボエ、ワイン、読書。現在、高校2年生を担任
鎌田亨(かまたとおる)。開成中学校・高等学校 国語科教諭。1975年東京都生まれ。開成中学校、高等学校を経て、東京学芸大学を卒業、同大学院修了。趣味はオーボエ、ワイン、読書。現在、高校2年生を担任

 とはいえ、残念なことに古典は「言葉の壁」が高く、とっつきにくい。だから感情移入しづらくて、面白さを感じられないままの人が多いのも確かなんですね。でも、それではあまりにもったいない。

 そこで僕の授業では、古典への入り口となり、その先にワクワクするような世界が広がっていることを感じさせてくれる作品を、中学生の夏休みの課題図書としています。

古典の入り口にいる生徒たちをその先へいざなってくれる

 2年前の夏に中学3年生の課題図書として取り上げ、1学年300人全員で読んだのが『小説伊勢物語 業平』(髙樹のぶ子著、日本経済新聞出版)です。

 多くの段が「むかし、男ありけり」で始まる『伊勢物語』は、125章段からなる歌物語。主人公は実在の歌人、在原業平だとされていますが、作者は不詳で後世の人が手を加えて作られたと言われています。内容はバラバラで昔話の集合のようであり、時間が時折前後するうえ、業平ではない「男」の話も含まれていて分かりやすいとは言い難いんですね。

 ところが、著者の髙樹のぶ子さんは、このちょっとつかみどころのない古典を、業平の15歳の元服から辞世までの一代記として小説化することで、今の時代によみがえらせてしまった。原典に親しんできた僕としては、あの小さなエピソードをこんなところへ持ってきてこうつなげるのかと、作家のその想像力に圧倒される思いでページをめくりました。

 業平といえば、“希代のモテ男”。ストーリーは業平の恋の遍歴が軸になり、様々な女性との恋愛の場面がたっぷり。でも、時代背景や歌に込められた思いが丁寧に描かれることで、血の通った情に厚い人物として業平の像が浮かび上がってくるんですね。思春期真っただ中の夏に、こういう物語を味わうのもいいかもしれない

 さらにこの文体の魅力です。美しく雅(みやび)やか、しかもリズミカルで読みやすい。これなら、古典の入り口にいる生徒たちをその先へきっといざなってくれるはずだ。

「“希代のモテ男”と様々な女性との恋愛の場面がたっぷり。思春期真っただ中の夏に、こういう物語を味わうのもいいかもしれない」
「“希代のモテ男”と様々な女性との恋愛の場面がたっぷり。思春期真っただ中の夏に、こういう物語を味わうのもいいかもしれない」