日本を代表する有名校の先生が、中学生や高校生に読ませたい本、卒業して大学生や社会人になってから読んでほしい本、読み返してほしい本を紹介。教養を身に付ける、人間として成長する、人生を豊かにするなど、さまざまな視点で解説していきます。(日経BOOKプラスの連載から転載/写真:maroke/shutterstock.com)

 開成の生徒たちは、一方的に教員から本やメディアを薦められるのではなく、自分たちが興味深いと感じたものをどんどん僕にも教えてくれます。「これより面白い教材を扱え!」という挑戦状なのかもしれません(笑)。普段、古文の教師として、ある意味「文化の押し売り」をしている立場としては、受けて立たないわけにはいきません。

高校生に読んでもらいたい本のナンバーワン

 そんななかで、僕が今回セレクトしたお薦め本。「読んでもらいたい」という気持ちだけで選んだのですが、改めて見直すと、心理描写がじっくり書き込まれた、文章じゃないと良さが伝わりにくい小説ばかり選んでしまいました。

鎌田亨(かまたとおる)。開成中学校・高等学校 国語科教諭。1975年東京都生まれ。開成中学校、高等学校を経て、東京学芸大学を卒業、同大学院修了。趣味はオーボエ、ワイン、読書。現在、高校2年生を担任
鎌田亨(かまたとおる)。開成中学校・高等学校 国語科教諭。1975年東京都生まれ。開成中学校、高等学校を経て、東京学芸大学を卒業、同大学院修了。趣味はオーボエ、ワイン、読書。現在、高校2年生を担任

 文字を追うことでしかたどり着けないところに連れて行ってくれる本は確実にある。映像に囲まれて生きている今の学生たちだからこそ、そんな小説の面白さにぜひとも触れてもらいたいと思います。

 今回お薦めする本の1冊目は、僕が高校生に読んでもらいたい本のナンバーワン。音楽一家に生まれ、チェロを学ぶ津島サトルの高校3年間を描いた『船に乗れ!』(藤谷治著、小学館文庫)です。

 自分なりの哲学や生き方を形づくろうとするときに、等身大の主人公の姿が浮かび上がり、きっと人生を深めてくれる、そんな力を持った1冊だと思います。

 世の中に「感動の青春小説」と呼ばれる本はたくさんありますよね。この本も青春小説なのですが、あまりに苦くてあまりに痛くて、「感動」の一言ではとても片付けられません。

「あまりに苦くてあまりに痛くて、『感動の青春小説』の一言ではとても片付けられません」
「あまりに苦くてあまりに痛くて、『感動の青春小説』の一言ではとても片付けられません」

 哲学と音楽を愛するサトルは自分を「特別な人間」だと思っています。同じクラスにいたらさぞ嫌なヤツでしょう。でも、読み始めるとこの嫌なヤツから目が離せなくなるのは、自分の中にもどこかサトルと同じ部分があると感じるからでしょうか。

 周りの才能に触れたとき、自分には絶対超えられない存在に気付いたとき、そのときの人生の怖さ。自分は卑屈だ、怠け者だ、本当になりたいものがあるのに不徹底だ。サトルは延々と悔やんだり悩んだり自己嫌悪に陥ったり。

 そして、あるとき、悔やんでも悔やみきれないことをしてしまいます。普通なら、主人公は失敗や挫折を糧に成長するものなのですが、サトルはそうじゃない。だってそれはもう起きてしまったのです。ここで読者に突き付けられるのは、人は後悔や苦い思いを抱えたまま生き続けるしかない、ということ。

 しかもです。この小説は40代になったサトルが過去を振り返るという形式で書かれていて、いい大人になったサトルが登場するのですが、これが実に平凡な、高校生から見たらさえない人物なんです。だから、時折挟み込まれる大人になったサトル目線の文章は微妙にダサく、そして心に染みる。

 また、クラスメートにLGBTの少年がいて、高校生のサトルはまったく気付かなかったけれど、彼の態度や彼が薦めてきた文学から、「ああそうだったのか」と、大人になったサトルは気付きます。その少年がどれだけ傷ついてきたか、自分がどれだけ傷つけてきたかは、大人になってやっとわかる。

 大人だからこそ見えてくることが、40代のサトル目線で語られることで、高校生の独り善がりな感情に溺れず、小説の味わいが増しているように思います。