子どもたちに自信を付けさせ、世界を広げる手助けをしたかった

 『ぼくのかあちゃん』はある子どもが書いた作文に、かこの絵を組み合わせて作った紙芝居です。

 話の内容としては戦中から戦後にかけて、苦労して子どもたちを育ててくれているお母さんの姿を子どもが書いているもので、「早く大きくなってかあちゃんを楽させてあげたい」といった締めくくりになっています。

 セツルメントに参加している子どもたちに、かこは東京大学の学園祭である五月祭で、このお話を大型紙芝居にして演じさせました。子どもたちに自信を付けさせ、世界を広げる手助けをしたかったんですね。

東京大学の学園祭である五月祭にセツルメントの子どもたちと参加(写真提供:加古総合研究所)
東京大学の学園祭である五月祭にセツルメントの子どもたちと参加(写真提供:加古総合研究所)

 『カミナリゴロちゃん』は、『だるまちゃんとかみなりちゃん』(1968年)を想起させる紙芝居。「雷の子どもが空から落ちてくる」というくだりを読むと、「原作なのかな」と思いますが、絵本ができるまでには15年を要します。絵本ではかみなりちゃんのお父さんが迎えに来ますが、紙芝居では空からかごが下りてきて、中に入ったおやつのニンジンにつられてカミナリちゃんが空へと引っ張り上げられて帰っていくという話になっていました。

 これらはいずれも1953年の作品です。

 少し話がそれますが、同年、画家の内田巌先生が審査員を務めた「第1回平和展」に「わっしょい、わっしょいのおどり」という絵画を出品したことが、後の絵本作家デビューにつながりました。

 この平和展の主催者が、かこが出品した絵画を使ったモノクロのはがきを作成し、それが内田先生の娘さん(当時は高校生)の手に渡りました。内田先生はかこの絵についてとても好意的に、娘さんに話してくれていたそうです。その後、娘さんは福音館書店でアルバイトをすることになり、「誰か絵本が描けそうな人はいないか」と探していた当時の編集長、松居直さんにそのはがきを見せて、かこを紹介してくれました。

 このはがきがきっかけで、その後、『だむのおじさんたち』という1959年のデビュー作が生まれたというわけです。