上の子は夫とはまた違う、育児の大切なパートナー

 何もかも最初だからこそのいじらしさが上の子にはある

 親子間のルールと基準をつくる存在だからこそ、厳しく接してしまう機会も多いし、上に追いつけ追い越せでなんでもまねをする下の子のために模範行動やリーダーシップまで求めてしまうこともある。本人にとっては理不尽でしかない。

 だからこそ、親によって与えられたその理不尽さに順応しようというけなげさに、敬意を払い続けたいと願う。上の子はただかわいがる存在じゃない、一緒に「親子道」を切り開いていく特別な存在。夫とはまた違う、育児の大切なパートナーだ。

 かくして次女を産んで、ゆっちゃんにしか感じない愛情もあることも知った。きょうだいだからといって、同じ種類の愛情でかわいがらなくても良いのではないかと思う。家族愛、夫婦愛、友情愛、愛にもいろいろあるけれど甲乙つけようなんて考えたこともないわけで、きょうだいにだって「ポジション愛」はあるだろう。

 気を付けようと思うのは、下の子に対しての「デレ愛」は誰の目にも明らかなのに対して、ゆっちゃんに感じる愛情は目に見えにくいということ。私も母から「上の子の特別さ」を説かれて、あなたは私のパートナーだと言われていたら、もっと自分を誇らしく思えたかもしれない。妹に嫉妬して疎ましがったりすることもなく、母と互いの関係性に悩まずに済んだかもしれない。子どもはいつだって親の「特別な存在」でいたい。その願いにポジションは関係ない。だから胸のうちに留めるのではなく、繰り返し本人に伝え、行動に移していきたいと思う。

 次女誕生から3カ月がたったけれど、人類史に残る未曽有の事態に妊娠・出産が重なったことは生涯忘れられない出来事(よもや政府も専門家も「不要不急の外出」に「おっぱいの詰まり」があるとは夢にも思うまい)。自粛による家族の蜜月は天国のような地獄のような日々だった……。自分にもみんなにも心から「お疲れさま」。

文・写真/細川モモ