必死に折り合いをつけようとする上の子の努力が愛おしい

 正直、次女を生んで初めて感じるとろけるような愛情に私は戸惑っていた。同じ感情をゆっちゃんに抱くことはできないという事実に動揺した。なぜなら経験という余裕が与えてくれる愛情は、下の子の特権だから。もしかしたら二人を同じようには愛せないのではないかと思った。

 インスタでも「上の子」と入力すれば、「かわいくない症候群」や「イライラ」など、「下の子」と入力した時にはおおよそ見当たらないネガティブワードが並ぶ。上の子は生まれついての「ファーストペンギン」であり、ゆえに多くの試練が待っている。親の余裕のなさがその一つであろう。

 きょうだいを同じように愛せないことは、親にとっても大きな悩みであり、ジレンマではなかろうか。私も妊娠中からそれだけは避けたいと願っていた。

 だからこそ戸惑ったけれど、姉妹の母親になって3カ月を迎えようという今、その不安は解消されつつある。それはひとえに、上の子のけなげさに気づけたことが大きい。ゆっちゃんは妹が生まれる前も後も、ママっこでママ大好きであることには1ミリの変化もない。ある日を境に、独占していたママの腕の中を妹に譲らなくてはいけなくなったわけで。お姉ちゃんになれたことを喜びつつ、大好きなポジションを明け渡す寂しさはいかほどだっただろう。

 それでも、妹をたたいたり「置いて」と泣いたりすることは一度もなく、妹が泣けば「ママ抱っこしてあげて」と言ったり、ブランケットを掛けてあげたりする。赤ちゃん返りはしたけれど。「もう3歳だから」と思ってしまうとイライラすることも、「まだ生まれて1200日」と思うと、初めて味わう感情に必死に折り合いをつけようとする見えない努力がいとおしくなる

 思えば私も3人姉妹の長女として、母に褒められたくて妹たちに「悪いことをしたらごめんなさいをいうのよ!」としつけを買って出たり、けんかをしても手や足を出さないという母との約束を必死に守ったりしていた。でも、「やったことを叱られる」のは日常でも、「やらなかったことを褒められる」ことはなかったと思う。

 いい子でいることは、それだけ自制をしているということに違いない。まだ3歳のゆっちゃんも毎日一生懸命、自制心を働かせている。キャパオーバーになって大泣きし、「悪魔の3歳」というより「小姑(こじゅうと)の3歳」と感じたりすることも多いけれど、そうした態度も含めて一生懸命上の子の役割を果たそうとしている証拠。なんていじらしくて、けなげなのだろう。