教育関連の起業家へのインタビューを通じて、教育の問題点や理想の姿を探るリレー連載。3人目として登場いただくのは、ベネッセコーポレーション、小学校教員、うんこドリル事業のプロデューサーなどを経て起業し、SDGs(持続可能な開発目標)の学習ゲーム「ゲット・ザ・ポイント」をワークショップで広げている、すなばコーポレーション代表の門川良平さん。今回の後編では、社会人を経て、親になってから2年間、教員を経験したことによって得た気付きや、ゲーム事業がもたらした思わぬうれしい広がりなどについて、聞きました。

<門川良平さん>
【前編】「理想の教育」は青い鳥? 伝える方法は自由でいい
【後編】社会人経験後、教員に 教育を「教育村」にしたくない ←今回はココ

社会人から教員に転身した理由

 「教員として、教室で子どもたちに実際に教えた経験がとても役立ちました」と、すなばコーポレーション代表で、学習コンテンツクリエイターの門川良平さん。門川さんはベネッセコーポレーションに10年間勤務した後、東京都の公立小の教員を2年間経験しました。

 自身が開発したSDGsの学習ゲーム「ゲット・ザ・ポイント」(詳細は前編)は、ワークショップ形式で実施されます。ワークショップ内でのファシリテーションの流れは、すべて門川さんが構成しています。

 「子どもたちの気持ちを盛り上げつつ、楽しいという気持ちを基底にしながら、誘導するのではなく、一緒に楽しみながら『伝えたい学び』にどう至れるかが設計上とても重要です。ファシリテーター役がこう言ったらこう返ってくるな、こんなしかけをここで入れると流れにはまりそう、などをシミュレーションする力は、誰かに教われるものではなく、感覚的なもの。自分が教員を経験していなかったらできなかったと思います

屋久島で実施したイベントで話す門川さん(写真左)
屋久島で実施したイベントで話す門川さん(写真左)

 そもそも、なぜ教員になったのでしょうか。「教育関連企業で10年働きましたが、自分の関わってきた教育が、机上のものかもしれないという感覚も心のどこかにありました。しかし、忙しくてインプットの場にもなかなか出て行けない。当時30歳前後でしたが、このままモヤモヤを抱いたまま40代中ごろになったら、きっと身動きしにくくなることは想像できました。この感覚に従って、今動いておいたほうがいいと考え、32歳のときに会社を辞めました」

 教育について、もっと多方面から深めたい、と考えた門川さん。「いっそ現場に行ったほうが早いと思いました。私の中では教育という大きなジャンルの中の教材開発部門から、現場部門に異動する、というイメージでした。

 教員免許は持っていなかったので、退職する前年から通信制大学に籍を置いて、仕事と学生生活を両立しました。4週間の教育実習が必要になるタイミングで会社を退職。1年ちょっと、学生に専念した期間がありましたが、次男が生まれたので、育休のように次男の面倒を見ながら勉強しました。私は法学部卒で、教育関連で必要な知識は仕事しながら得ていましたが、理論や歴史的背景を体系立てて学ぶ機会はなかったので、勉強自体は大変面白かったです」

 社会人を経て、自身も親になってから「小学校教員」という仕事を経験したことで、多くの気付きがあった、と門川さんは振り返ります。

次ページから読める内容

  • 「先生のすごさ」を実感した日々
  • 学校と「外の世界」の境界線
  • 風土や環境を変えないと教育に差ができてしまう
  • 地域版を作ることで生まれた新しいつながり

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