教育の問題点や理想の姿を探るリレー連載。前編に続いて、そろばん式暗算を学べるアプリ「そろタッチ」を考案した山内千佳さんにご登場いただきます。海外で見たさまざまな教育の良いところを参考にしながら、自分のそろばん教室で独自のカリキュラムと教材の開発に取り組んだ山内さん。後編では、「そろタッチ」の開発・活用を進める中で見えてきた「教えない教育」の重要性、日本の子どもたちに身につけてほしいこと、親へのメッセージなどを聞きました。

<山内千佳さん>
【前編】IT時代こそ日常に生かせる「暗算力」が子の武器に
【後編】「教えない教育」に変えたら、子どもが自ら学び始めた ←今回はココ

ITを活用することで「教えない教育」が可能になった

 シティバンク勤務時代に、IT時代こそ「暗算力」を身につけることの重要性を痛感した山内さん。そろばん教育に使命感を持って取り組むも、海外のそろばん教室を見て回る中で、そろばん技術の習熟をゴールとする従来型のそろばん教育に疑問を持つようになったといいます。そろばんの玉の位置をイメージしながら暗算する方法を学ぶカリキュラムを考案し、音声ペンと紙教材を試作しますが、それは失敗に終わってしまったそうです。

 「最初から答えに紐付くドットコードが印刷されている紙教材では、子どもたちは考える前に音声ペンで答えにタッチしてしまい、暗算をしてはくれません。また、紙教材ではどの問題をどう間違えたのかのデータが残らないので、一人ひとりの弱点に合わせた個別指導がしにくいという欠点もありました。こうした欠点をクリアできる方法として思いついたのが、タブレット上でそろばんの玉を透明に表示して、玉の位置を頭でイメージすることで暗算力を身につけられるようにするというアイデアです」

 そろばん教室のママスタッフにIT分野が得意な人がいたため、「まずはタッチパネル機能付きのPCのエクセルで『玉を表示させたり、消したりできるそろばん』を作ってもらった」という山内さん。試作段階から生徒たちの学習履歴データを全て記録し、使い勝手や学習効果については保護者にヒアリングを重ねながら、2016年にiPad専用アプリとして「そろタッチ」をリリース。国内特許を取得しました。

 「『そろタッチ』を使った学習法の最大の特色は、そろばんや暗算の指導は全てアプリ内で完結させ、教室の先生は『教えない』ということです」と山内さんは話します。

 「以前はそろばんそのもののやり方を私が言葉で教えていましたが、頭の中でそろばんを弾いて暗算をする方法までは教えられませんでした。ですが、タブレットを活用することで、暗算に必要な『そろばんの玉の位置を頭の中でイメージする』とはどういうことかを、玉の表示のオン・オフを切り替えられるようにすることで、子どもたちに分かりやすい形で示せるようになったのです。

画像提供/Digika
画像提供/Digika

 しかも、アプリを使ったタブレット学習であれば全ての学習履歴データを残すことができるので、子どもの理解度に合った問題や解説をアプリが自動的に提示し、先生が教えなくても子どもは自学自習できるようになります。間違えたときはその場で正答や解説が示されるので、つまずきを放置することもありません」

 アプリ学習の強みを最大限活用したことで、「そろタッチ」では飯田橋・青山のラボ校に通う生徒の60%が、習い始めてから2年たたないうちに上級レベルの暗算を習得できるようになったそうです。

 「そろばん経験のほとんどない私の指導下で、暗算上級レベルに到達できる受講生の割合は、当初は10%程度にすぎませんでした。それが『そろタッチ』を導入したことで、学習効果は著しく向上しました。ITツールを活用して、子どもが自ら学んでいける環境を整えれば、教えなくても子どもは伸びると感じています」