米国企業、日本のシンクタンク、フランスにある国連機関などを経て、ノンフィクション作家として活躍する川内有緒(ありお)さん。バリキャリ派に見えて、「直感だけを頼りに次に進むべき方角を決めてきた」と話す川内さんは現在、保育園児の母親でもあります。親になっても「守りに入る」という言葉とは無縁な生き方を貫く川内さんの連載エッセー。5回目は「子どもと定期的に旅をする理由」について。

年に1度の旅を「ナナタビ」と呼ぶ

 1年に1度は、家族で旅らしい旅をしよう。
 そう決めたのは、娘のナナオが1歳になる少し前のことだった。

 「旅らしい旅」に、はっきりとした定義はないけれど、まあまあ無計画に2週間ほどふらふらする、というのがその特徴だ。

 娘が0歳のときにはアメリカ西海岸&ヨセミテ国立公園へ。1歳で四国と瀬戸内海の島々、2歳のときはキャンピングカーで北海道の道東を走り、3歳でアメリカ北東部のニューイングランド地方へと出かけた。いつのころからか、私と夫のI君は、この年に1度の旅を「ナナタビ」と呼ぶようになった。「ナナタビ」は家族というものを定点観測し、記録をアップデートする貴重な機会なのだ。

 ナナタビの始まりは、ある種の危機感に由来する。さかのぼること2014年の秋、ふにゃふにゃした赤ちゃんを前にした私は、湧き上がるような喜びに浸りながらも、こう思った。

 ああ、これでもう自由な旅に出られないんだ、そうなんだ。

 それまでの私にとって、旅は趣味であり、日常であり、また仕事でもあった。ちょうど娘が生まれる直前に、ある文学賞を受賞したが、その作品も自分のバングラデシュへの旅を描いたものだった。その受賞は、38歳にして物書きになった自分には大きな朗報だったわけだが、同時に、あのような無鉄砲な旅にはもう出られないんだな、と寂しくも感じた。

 みなさんご存じの通り、子育てライフというのは、ルーティンジョブの連続で、「自由な旅」とは対極にある。起きている時間のほぼ99%が、仕事、娘との時間、すさまじい量の家事や雑事で埋め尽くされる。それが毎日エンドレスに続くのだ

 赤ちゃんを抱っこしてくたくたになりながら、もはや自分はどこにも行けないのだ、と絶望したそのとき、すばらしい示唆を与えてくれる1冊の本と出合った。

1歳のときに、四国と瀬戸内海の島々へ
1歳のときに、四国と瀬戸内海の島々へ