美大在学中の20歳のときに公募展で賞を取り注目を集め、写真家としてデビュー。27歳で木村伊兵衛写真賞を受賞、28歳で出産し、その後は文筆業でも賞を受賞するなどマルチに活躍するアーティストの長島有里枝さん。1990年代に自身も渦中にいた「女の子写真」ブームを問い直すため、2015年から大学に入り直してフェミニズムを学び、鋭い視点で切り込む著書を2020年に出版するなど、「女性の生き方」について多角的に表現活動を続けています。子育てや働くこと、ジェンダーなどについて書き下ろす連載の1回目は「B.C.の歴史と、望んでいた自分の居場所」について。

早朝の弁当作りから解放されると思いきや……

 18年間、切望してやまなかったその日を、この春ようやく迎えました。「その日」とは、子どものために早起きしなくてよくなる日、つまり、ひとり息子が高校を卒業する日のこと。それは、子どもによって再び、不本意に組み込まれた学校システムから解放される日。そしてもう一度、独りの自由を取り戻せる日!

 「目が覚めた時間が、起きる時間」。そんな生活を送ることが自由人(アーティスト)の証だと考えるわたしにとって、朝6時前に起きて弁当──しかも、自分のじゃなくて他の誰かの──を作る生活は、苦行以外のなにものでもありません。したがって、息子にとっての門出の日は、わたしにとっても大変めでたい日でした。

 じゃあ、これからはぜーんぶ自分の時間ってことで! なんてキッチン(=職場)の中心で叫びながらその日を待ちわびていたのですが、待っていたのは、新型コロナウイルスが蔓延するまさかの世界。からの、休校要請でした。そうして2月末に前倒しで始まったのは「夢のわたし時間ライフ」ではなく、1歳4カ月で息子が保育園に入園するまで以来、実に16年ぶりの、24時間母子密着生活……アゲイン。

 いやぁ、人生って本当にわからんもんですね。どーも、ワーキング・シングルペアレントの長島有里枝です。普段は写真を撮ったり、展覧会をしたり、文章を書いたり、学校で教えたりしていると同時に、大学生Rと老犬パンちゃん、ときどき帰ってくるパートナーGの面倒をみたり、彼らに面倒をみてもらったりして暮らしています。とある雑誌の連載では「隣のフェミ姐」と呼ばれたりもしていますが、本連載ではわたしが子育てでやらかしてきた、いまとなっては笑える(そしてちょっぴり泣ける)数々の失敗談を、皆さんにお披露目していけたらと思っています。以後、どうぞお見知りおきを。

急遽、進路を変更 美術大学に進学

 話は変わりますが、わたしが出産したのは28歳のとき。その話をする前に、まずはB.C.(紀元前ではなくBefore Childの略)年代の自分を紹介させてください