美大在学中の20歳のときに公募展で賞を取り注目を集め、写真家としてデビュー。27歳で木村伊兵衛写真賞を受賞、28歳で出産し、その後は文筆業でも賞を受けるなどマルチに活躍するアーティストの長島有里枝さんの書き下ろし連載。「女性の生き方」について多角的に表現活動を続ける長島さんが、今回は「子育てで変化したわたしの仕事」を振り返ります。

親業という新たなフルタイムジョブとの両立

 子どもと暮らし始めて、なにもかもが変わってしまったわたしの生活。特に大きく変わったのは、仕事でしょうか。プロフィル欄にもあるように、わたしの肩書は「写真家」ですが、いまでは撮影の依頼のような“写真家然”とした仕事は減っています。とはいえ、仕事の多くはやはり写真に関係してもいます。写真を教えるとか、作品展を開催するとか。文章を書く仕事でさえ、写真家の視点が求められていると感じます。

 「写真家」であるわたしありきの仕事なら「肩書詐称」ではないが、ちょっくらズレましたよね感は否めません。その背景には、BC時代(Before Childの略)から持ち越した仕事と、親業という新たなフルタイムジョブとを両立させるため、“マイ・働き方改革”を余儀なくされているこの国の多くの女性と同じ、試行錯誤の物語があります

 シングル・マザーになったのは、息子が2歳の頃。夫とは妊娠中期からほとんど一緒に住んでいなかったし、仕事は出産後も変わらぬペースで続けるつもりだったので、“夢追い人の糟糠(そうこう)の妻”という役割が減ったことに安堵はしても、「暮らしていけるのか?」という不安は感じていませんでした。

ラッキーは長く続かなかった

 妊娠中や出産直後の労働環境は、かなり恵まれていたと思います。ヘア・ショーの審査員や地方限定CMへの出演など、一生に一度あるかないかの仕事が舞い込んできたり。しかもそれらは、子育てしたいわたしに体力・時間的に優しく、まとまった報酬も得られる仕事でした。他にも、転職を控えた弟が、次の仕事が始まるまでベビーシッターを引き受けてくれたり。

 しかし、当たり前ですが、ラッキーは長く続かない。そして、仕事は断っていると次第に先細っていくものでもあったのです。赤ちゃんはあまりにかわいく、離れがたい存在でした。そのかわいさに引きずられて子育てを優先するうち、気づくと広告系の仕事は皆無に。先方のスケジュールを優先しなければならないタレントさんの撮影や、遅い時間のモデルオーディション&早朝ロケがデフォルトのファッション系撮影も、徐々に減っていきました。

次ページから読める内容

  • 誰かに代わってもらうことができない仕事
  • 子どもを持つことでよみがえった記憶を文章に
  • まとまった時間や良い制作環境は待っていても手に入らない
  • 育児を経て「仕事」に対する考え方が変化

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