『野櫻家の選択』 今回の主な登場人物
受付を通り過ぎると、広い打ち合わせスペースがある。美紀は足を止めて、そこを眺める。真ん中には、人が五、六人入れるような大きな丸いテントが見える。完全に閉じられているのではなく、半分オープンになっていて、中の様子が見える。そこに丸テーブルが置かれていて、早朝のこの時間から既に打ち合わせをしている人がいる。人気スポットなのだ。他にも打ち合わせ用のカラフルな丸テーブルがいくつもある。独りでぼーっとできるハンモックもあるし、かまどに見せかけたような、石を積んだオブジェもある。さらに、本物の観葉植物の鉢があちこちに置かれている。
そう、ここはキャンプ場をイメージした打ち合わせスペースなのだ。自然の中でリラックスするように、こころを開いて打ち合わせできるように、というのがコンセプトである。来客にも社員にも、遊び心あふれるこの飾り付けは評判がいい。
ここを通るたびに、美紀は誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。今年の飾り付けは美紀自身の発案なのだ。ロビーの飾り付けは年に一度変わる。テーマを社員から募集し、社員投票で決定するのだ。応募は強制ではないが、毎年かなりの数が集まる。採用されると五十万円分の旅行券、採用されなくても最終ノミネート五本の中に入れば、十万円の商品券がもらえるからだ。美紀も景品目当てで応募、趣味のキャンプをテーマに、という安易な発想だったので、三十分で企画書を書き上げた。だが、思いがけず社員投票で最多の得票率を獲得して、採用が決まった。おかげで社長からお褒めの言葉をもらえたし、夫と息子だけでなく、自分の両親まで連れてグアムに行くこともできた。
しかし、うれしいのはそれだけではない。自分のアイデアが形になり、毎日それを見られること。そして、ここを使っている人たちが楽しそうにしていること。それを目にすると、豊かな気持ちがこころを満たしていく。
この会社に入れてほんとうによかったな、と美紀は思う。こんなふうに、ロビーのリニューアルなんて事務的なこともイベントにしてしまう、会社の遊びごころが好きだ。思い切って転職してよかった、とこころから思う。