『野櫻家の選択』 今回の主な登場人物
見慣れたホームセンターの青い看板の前を、車は快適なスピードで通り過ぎる。
ここまで来ると、ああ、帰ってきたな、と野櫻美紀は思う。
東京の西寄りの住宅地だから樹木や畑も残っているが、いままでいた千葉のキャンプ場のようなゆったりとした自然はない。住宅や店や駐車場などが目につく文明の世界だ。三日間の命の洗濯を終えて、そろそろ現実に戻る頃である。
「お腹すいたわね。夕食どうしよう?」
美紀は家族に尋ねる。冬の日は短い。まだ六時前なのに、すでに辺りは夜の気配を漂わせている。
「なんでもいいよ。何か、買って行こうか?」
運転している夫の和也は、前方を見たまま応える。和也は見た目よりも神経質な性質で、ハンドルを握ると絶対によそ見をしない。見ている美紀まで緊張するくらい、肩に力が入っている。
「僕、餃子が食べたい。担担軒の餃子」
来年一年生になる一人息子勇斗(はやと)が、後部座席から話に割って入る。
「えっ、また?」
勇斗のマイブームは駅前商店街にある中華料理屋・担担軒の「にんにく抜きさわやか餃子」だ。ここのところ毎週のようにリクエストしてくる。
「だって、食べたいんだもん」
「せっかくの休日の最後だし、どっか外食に行かない?」
テイクアウトの餃子は忙しい時のお助けメニューだ。時間のある時や、外食できる時には使いたくない、というのが美紀の判断である。
「うーん、俺、一刻も早くシャワー浴びたい。この格好だし。俺も担担軒に一票」
やはり、前を見たまま和也が言う。
「二対一じゃ仕方ないね。じゃあ、餃子にしよう」
美紀の判定に、勇斗は「わーい」と声を上げる。勇斗が喜んでいるなら、まあいいか、と美紀は思う。食べるものにそれほどこだわりはないし、あれこれ考えるのも面倒だ。
和也はハンドルを切って、担担軒のある駅前の方に向かう。
「車どうする? 店の前にはつけられないよ」
「脇道に停めておくから、美紀ちゃん、買って来てよ」
大学時代の同級生だった頃のまま、美紀ちゃん、和くんとお互いを呼び合っている。パパとかおとうさん、というのは嫌だし、あなたというのも違和感がある。遊びに来る勇斗の友だちは、その呼び方を聞くとへんな顔をするが、気にしても仕方ない。我が家は我が家だ。
車をすっと脇道に入れて止める。和也の運転は確かだ。
「じゃあ、行ってくるね」
助手席のドアを美紀が開けると、「僕も行く」と、勇斗もいっしょに車を降りた。