前夜に夫婦で取り組んだ面接準備が功を奏し、落ち着いた態度で本番に臨んだ和也は面接を突破し、無事、起業オフィスを借りられることになった。一方、仕事においては美紀の部下である御前崎の失態が明らかになり…。

【これまでのお話】
第1話 『野櫻家の選択』連載小説スタート!
第2話 あの時転職を決断した自分を褒めてやりたい
第3話 保育園の卒園式の朝、着物持参で義母が…
第4話 苦手な岩田と卒園後も付き合い続くと思うと…
第5話 入学式直前の美紀に部下からトラブル報告
第6話 それって職場いじめなんじゃない!
第7話 あの2人を組ませるのfはまずいのでは?
第8話 共働きの危機? 夫と子から同時重大報告
第9話 上司に部署で罵倒され、退職・起業を決意
第10話 和也の専業主夫モードで夫婦関係ゆがみ始めた
第11話 夫のための起業本探す姿を部下に見られた
第12話 学童の親子キャンプへの参加は大正解だった
第13話 起業セミナーで自覚「俺のビジネスプランはだめだ」
第14話 企画をまとめた私が、ただの添え物ですか
第15話 管理職ママの美紀に吹き始めた逆風

『野櫻家の選択』 主な登場人物

◆野櫻美紀(のざくら みき) 三十六歳/大手人材会社の営業企画部に所属。夫とは学生時代のゼミで知り合った。明るく前向き、大雑把。マイペース
◆野櫻和也(のざくら かずや) 三十七歳/大手住宅メーカーの人事部に在籍。おおらかで人当りが良さそうに見えて、実は神経質で小心
◆野櫻勇斗 (のざくら はやと) 六歳/保育園年長クラス。早生まれで小柄。性格は父親に似ておだやかで争いごとは嫌い

今日はパパの大事な日だからね

 その日美紀は早起きして、ひとりで朝食を作った。ここのところずっと和也にまかせっきりになっていたのだが、この日ばかりは自分だけで作ろうと思ったのだ。

「ママ、おはよう。わー、ホットケーキ」

 勇斗が歓声を上げる。

「おはよう。いい匂いだね」

 いっしょに部屋に入ってきた和也も嬉しそうだ。

 美紀が用意したのはホットケーキにベーコンエッグ、トマトときゅうりのサラダといったメニューだ。

「どうしたの? まるでお休みの日みたい」

 勇斗が不思議そうな顔をする。

 それほど凝ったものではないが、平日の朝にホットケーキを作るというのは珍しい。美紀としたら頑張った方だ。いつもならトーストがいいところ。野櫻家ではホットケーキは週末のブランチかおやつで作るものと決まっていた。

「今日はパパの大事な日だからね。元気をつけてもらおうと思ったの」

「大事な日?」

「そう、今日はパパは仕事場を借りるための面接を受けるんだよ」

 和也が説明する。

「メンセツって?」

「うーん、どう説明したらいいかな。たとえば仕事がほしいという人がいる。一方で誰か自分のところで働いてくれる人を探している人がいるとする。だけど、お互い知り合いじゃなかったら、いきなり仕事を頼んだりできないだろ? それで、その人でいいかどうか決める前に、一度会って、仕事をほしいという人に自己紹介をしてもらうんだ。それを面接っていう」

 珈琲を淹れながら横で話を聞いていた美紀は、和也の態度に感心している。子どもの面倒な質問にも、嫌がらずにきちんと説明できる根気強さはたいしたものだ。自分なら面倒だから適当に説明を省いてしまうだろう。

「自己紹介?」

「うん。自分はこういう人ですとか、どうしてこの仕事がほしいのか、ってことを、相手に訴えるんだ」

「パパも仕事もらうためにメンセツに行くの?」

「いや、パパは仕事じゃなくて、仕事場を貸してくださいってお願いに行くんだ」

「ふーん。そうすれば貸してもらえるの?」

「わからない。ほかにも貸してほしいと言ってる人がふたりいるからね。パパも入れて三人の中からひとりだけ、面接で選ばれるんだよ」

「じゃあ、うまく自己紹介しないとね」

「そうだね。頑張るよ」

 和也は落ち着いている。昨日遅くまで美紀を相手に面接の練習をした。それで、自信がついたのかもしれない。ともあれ、和也の起業のこれが第一歩だ。うまくいくことを美紀も願っていた。