『野櫻家の選択』 主な登場人物
私のことを信頼していないってことなんでしょう?
「会社を辞めるって、どうして?」
中村はそれにはすぐに答えず、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「私、野櫻さんにあこがれていたんです。結婚して、子育てしながら、キャリアも捨てていない。それでいて、歯を食いしばって頑張っているみたいな悲壮感もない。生き生きと毎日を楽しんでいる感じが素敵だと思っていたんです。だけど……」
「だけど?」
「今回の件でがっかりしたんです。野櫻さんでも、やっぱり男性の方が上、女性はアシスタントでいいって思ってるんだな、と」
「そんなことない。それは」
「だって、これくらいの案件、私ひとりで十分にこなせると思いませんか? それなのに、わざわざ御前崎さんと組ませるなんて、私のことを信頼していないってことなんでしょう?」
「信頼してないわけじゃない。むしろ中村さんと一緒に仕事することで御前崎くんにいろいろ考えてほしかった」
「でも、結局は御前崎さんが対外的な交渉や発表を仕切っているじゃないですか。私はただの添え物にしか見えない」
そう言われると、反論できない。確かに、目立ちたがりの御前崎が前に前にと出たがった。中村はそれに反論するわけでもなかったし、おとなしいので目立つのを避けたいのか、と美紀は思っていた。
「ごめんなさい。その点は気にしてはいたのだけど、我々があまり細かく口を挟むのもどうかと思って」
「最初からこうなることは予想できたじゃないですか。あの人、もともとそういう性格だし。目立つ仕事はやるけれど、そうでないものはほかに押し付けようとする。そのくせ企画力はないから、ひとの企画に便乗しようとするし」
厳しい見方だが、否定はできない。上司である美紀に対してはいい顔をするが、自分と同じか下だと思う人間に対しては横柄なふるまいをする。見える範囲では美紀も注意するが、見えないところでやってることも多いだろう。
「営業部との打ち合わせでも、事前に企画書をまとめたのは私です。なのに、プレゼンするのが御前崎さんだったから、御前崎さんが単独でやったみたいに思われたじゃないですか」
御前崎は発表の中で「私が調べた限りでは」とか「このデータから私が読み取ったのは」とか、自分の仕事ぶりを強調するような話し方をしていた。何も知らない人間が聞いたら、御前崎がひとりで資料をまとめたようにしか思わないだろう。
「悪かったわ。企画書を作ったり、資料を集めたりするやり方を御前崎くんに覚えてもらいたくて、あなたにつけたつもりだったんだけど」
「それで、プレゼンしたり、強気で相手を説得したりすることを私に御前崎さんから学ばせたい、とマネジャーはおっしゃったそうですね」
「どうしてそれを?」