北欧で子育て――と聞くと、どんなイメージがありますか。世界でも指折りの「幸せの国」として知られるデンマークで1児を育てる、元新聞記者の井上陽子さんが「DUALな幸せのカタチ」を模索する新連載。米国ワシントン特派員経験もある井上さんが、多様な価値観に触れつつ、ジグザグと迷いながら進んできたこれまでを振り返ります。1回目は、32歳で留学したハーバード大大学院で知った「衝撃の事実」について。

30代半ばで新人の「メンター」に

 「子どもを持つなら、先がいいと思いますか、それとも後でしょうか」――。

 東京で新聞記者をしていた30代半ば、新人の女性記者の「メンター」になる、という役割が回ってくることがよくあった。

 入社前後の女性記者たちは、この先どんな生活サイクルになるのか、取材先とどうやってうまく関係を築いていけばいいのか、そんな疑問を山ほど抱えている。彼らの不安を和らげるのが、私のミッションである。

 やる気みなぎる記者のタマゴたちは、ひとしきりの仕事にまつわる質問を終えると、たいがい決まって、結婚や出産についての質問を切り出した。ある女性は「記者の仕事を長く続けながら、しっかり家庭も築きたい」と両立の意欲を表明した後、冒頭の質問をストレートにぶつけてきた。

 ……それ、「先」の選択肢がなかった私に聞くかね? と心の中でつぶやきながら、私は懸命に無難な回答を探した。そんな悲惨なプライベートが待っているなら、記者なんてやっぱりやめよう、なんて心変わりされては大変である。

 「ん、まー、そういうのはほら、相手もあることじゃない? だから、今から計画するっていうよりは、タイミングを大切にして……」とか何とか言いながら、その場をしのいだ記憶がある。だけど実を言えば、答えている私自身が、「後」だってあるかどうかの瀬戸際に立っていると感じながら、ヒリヒリとした日々を過ごしていたのである。

 当時、私は大学院への留学から戻って間もない頃で、記者としてはこれから最も面白い経験ができる、という時期。留学は自分で言い出したことでもあったし、周りからは、留学経験や人脈を生かして、さらにキャリアを伸ばしていこうとしている、と見られていたかもしれない。ところが、私の心境は複雑であった。というのも、あろうことか大学院で伸び伸びとした時間を過ごすうちに、今の自分の優先順位が「パートナーを探して家庭を持つこと」であると気付いてしまったのである。

 正直言って、格好悪いし公言しづらい。でもたぶんあのとき、あの若い女性記者よりも私のほうがずっと切実に、誰かに教えてもらいたかったのだ。

 「日々の仕事を乗り切るので精いっぱいの、30代半ば独身彼氏なしの私が、『家庭』になんてどうやったらたどり着けるんでしょう?

留学中に最も衝撃を受けた論文

 私が学んだのは、米ハーバード大学ケネディ行政大学院というところである。新聞記者を10年ほど経験した後に、会社から1年間の時間をもらっての留学。携帯電話を持ち歩く必要もなく、日々のアウトプットも気にせず、好きなことを自由に学べる日々が新鮮で、生き返るようだった。

 一番の収穫は何だったかと問われたら、自分に正直になり、感性を取り戻したことだった、と言えるかもしれない。入学したての頃、ある教授が「ここでは自分が賢いことを周りに証明する必要はない、それは入学した時点で終わり」と話したことがある。ここは学校なんだから、できるだけ多くを吸収し、刺激を受けることのほうを優先したほうがいいよ、というわけである。そんな風に、一貫して「素になれる」環境にいられたことで、アタマも心も柔らかくなったというか、自分の考え方や生き方を振り返るとてもいい機会になった。

 そんな頃に知り合ったのが、ビジネススクールの博士課程にいたスロベニア人女性だった。30代半ばの彼女は、「……この論文、読んだほうがいいよ。考えさせられるから」と、ある論文を私にくれた。

気持ちのいい北欧の夏。コペンハーゲンの運河にはボートや観光船が行き交い、水辺で日光浴を楽しむ人も多い(写真提供:井上陽子)