ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された「Executive Women and the Myth of Having It All(女性エグゼクティブと、すべてを手に入れられるという幻想)」という論文である(関連記事はこちら)。

 寄稿した経済学者のシルビア・アン・ヒューレット氏は、この論文の中で、社会的に成功している女性の多くが子どもを望んでいるにもかかわらず、実際には、年収が10万ドル(約1080万円)を上回る女性の49%に子どもがいないこと(同条件の男性では19%)、出産適齢期を過ぎたキャリア女性はそのことをとても後悔している、ということを、生々しい声とともに描いていた。米国のキャリア女性が信じていた、「キャリアと家庭は、両方手に入れられる(Have it all)」というのは幻想である、という刺激的な内容である。2002年に掲載されてからすでに5年以上がたっていたが、それでも話題に上るほど波紋を呼んでいた。

「パートナー探しを喫緊の優先事項とすること」?

 留学中に読んだものの中でも、これには最大級の衝撃を受けた。32歳だった私は、結婚や出産なんてご縁なんだし、流れに任せて……くらいにゆるく考えていたが、論文では「あなたがキャリアも家庭も望むならば、以下のことをやるべし」として具体的なアドバイスまで盛り込んである。曰く、「パートナー探しを喫緊の優先事項とすること」「35歳までに最初の子どもを出産すること」。まじか……。しばらく、自分の将来を考えざるを得なかった。

 この先経験するであろうキャリアの浮き沈みを考えた時、自分の性格および能力からして、会社という1つの評価軸だけに自分を委ねてしまうと、かなり追い詰められる可能性があるように思えた。今後襲ってくるであろう仕事の荒波を、一人で軽々と乗り越えていく自信がなかったのだ。家族がいれば交友関係も広がるだろうし、仕事とは異なる場を持つことが、長い目で見ればキャリアにとってもいいんじゃないだろうか?

 しかし、「35歳までに最初の子ども」って書いてあるけど、こと結婚だとか出産だとかいう分野において、そんなに物事を計画どおりに進められるんだろうか、という素朴な疑問も……。その後の大学院生活の間、そして、日本に帰国してからも、この論文のことは頭を離れなかった。若い女性記者たちの「メンター」となって両立について聞かれていた時、実を言えば、私はそんな状況に立たされていたのである。

想像できなかったその後の急展開

 当時の自分にはまったく想像もできなかったことだけれど、あれからほぼ10年がたった今、私は、北欧のデンマークで子育てをする生活を送っている。この間、デンマーク人の夫に出会うまでのプロセスや、その直後に受けた特派員ポストの打診など、「これ、どっちが正解?」と迷いに迷う局面がいくつもあった。こっちを選んだらこういう将来って、先に分かってたらなあ……と何度思ったことか。なので、ここに書くことが、誰かの参考になれば、という思いでいる。

 今の私がキャリアと家庭の両方を手に入れているか、というと、そんなことはなくて、仕事100%→子育て100%と移行して、キャリアについては模索中、という中途半端な状況である。両立という意味でも、キャリアと家庭を「同時に」回していくという一般的なモデルとは外れた、不器用な例だと思っている。

 それに、いわゆる伝統的な家族の形がすべてじゃない、というのは、デンマークで暮らしているとつくづく感じることだ。