柚木麻子さんが5年の構想期間を経て書き上げた『らんたん』。恵泉女学園の創設者・河井道をモデルとした大河小説です。資料収集はお子さんが赤ちゃんの頃からスタートしたといいます。執筆中にはコロナ下で保育園が休園という事態に。後編では、子育てと執筆の両立について聞きました(DUAL特選シリーズ/2022年1月31日公開記事)。

「子どもに声を出させない場所は、どこか変なのよ」

 子どもは4歳です。母校、恵泉女学園を舞台にした大河小説『らんたん』の資料収集にとりかかったのは子どもが生まれたばかりの頃でした。当時、保育園は40園も落ち、家族は体調や仕事の都合で頼ることができなかったため、私はすごいワンオペ育児をやっていました。それでも執筆は進めなくてはならなかった。

 あのとき、仕事関係の取材先で赤ん坊を背負って行っても、ひんしゅくを買わない場所が1つだけありました。それが母校の学校史料室でした。先生方は笑顔で迎えてくれ、子どもが泣き出せば、かわるがわるあやしてくださった。どこに行くにも子連れで外出をせざるを得ず、そのたびに神経をすり減らし、公共機関やあらゆる場所で「すみません」「ごめんなさい」と小さくなっていた私が、どれだけ救われたことか

 恩師の一色義子先生は、子どもを泣きやませようと必死になる私に笑顔で「子どもの声のしない場所はダメよ。子どもに声を出させない場所は、どこか変なのよ」と。この感じ方、この言葉、なんてすてきなんだろう。こんなふうにみんなが考えられれば、子育てはずっとしやすくなるでしょう。そう思ったので、『らんたん』の中で、河井道のセリフとして使わせていただきました。