男性も育児を当たり前にしていく時代。でもそれにはさまざまな困難が待ち受けています。本連載では、「お父さんの支援」をライフワークとする、産婦人科医・産業医・医療ライターの平野翔大さんが、医療現場で日々感じている「お父さんの育児」の課題を整理し、解決のためのアドバイスを提案していきます。第5回は、実際にお父さんが「妊娠前・中から知っておきたいこと」を、産婦人科医・産業医の観点から紹介していきます。

【「男性育休時代」の今だから考えたいこと】
これまでのラインアップ

産婦人科医として「男性の産後のうつ」に抱く懸念
父親の育児トラブル体験談「これで私は後悔しました…」
「妻に信頼されるパパ」になる準備は妊娠中から
夫婦の信頼は妊娠中、夫が妻を支えることで生まれる

妊娠前から知識を付けておくことで防げるトラブルがある

 「父親支援」に取り組むDaddy Support協会代表理事・産婦人科医・産業医・医療ライターの平野翔大です。

 この連載の第1~3回の記事では、男性の育児が抱える社会的問題や時代の変化を整理しました。男性の育児には「教育」「経験」「支援」のいずれもが不足しています。社会制度は整ってきているのに、支援が不十分なために、理想と現実の「板挟み」になっているお父さんも多いのです。そこで大切なのは、「理想的な父親」を求めるのではなく、「誰もが父親として、楽しく育児に取り組める」社会を目指すことだと述べてきました。楽しく育児に取り組むパパになるために大切なのが、妊娠中から夫婦で目線を合わせて、目標設定することです。

 今回の記事では、そんな、パパに必要な「知識」について整理していきます。


 筆者は、父親が妊娠・出産・育児に携わるにあたって、「男性のプレコンセプションケア」が重要だと考えています。プレコンセプションケアとは、「プレ=前の」+「コンセプション=受胎・妊娠」+ケアであり、「妊娠前からカップルが自分たちの生活・健康に向き合うこと」を指します。

 「妊娠・出産・育児」というと「出産」「育児」に目が向きがちですが、昨今問題となっている不妊や妊娠の合併症を予防するためには、妊娠前の体調管理や知識が非常に重要です。そして前回も紹介した「夫婦のゴール設定」のためには、出産前の妊娠中、さらには妊娠前からのプレコンセプションケアが不可欠なのです。海外ではかなり広まっている概念ですが、日本ではまだまだ広まっていません。いまだに「女性に対する教育」と思われている部分もあります。

 「男性の妊娠・出産前のケア」と言われてもピンとこない方もいると思うので、分かりやすい例を2つご紹介します。

・男性の不妊症

 「不妊の原因の半数近くは男性側にある」というのは最近でこそ知られるようになってきました。しかし原因についてはまだまだ広まっていません。精子が見られない「無精子症・乏精子症」は有名ですが、実は喫煙・肥満・過度の飲酒なども精子産生に悪影響を与えます。糖尿病や高血圧やストレスは勃起不全(ED)の原因となります。長時間の座位による過度の睾丸(こうがん、精巣)の圧迫も精子産生への悪影響が疑われています。また男性の年齢上昇も、不妊や染色体異常の増加に関連があります。日常生活の過ごし方や年齢上昇で不妊の影響があるということを意識するだけでも、大きく違うのではないでしょうか。

・風疹抗体検査・ワクチン接種

 母体が妊娠中に風疹に感染すると、胎児に「先天性風疹症候群」という、心臓や目・耳の病気が発生してしまうことがあります。成人が風疹に感染しても症状が出ないことや、風邪としか思われないことが多く、知らないうちに夫から妊娠中の妻に感染させてしまうことがあります。これを予防するには、風疹ワクチンが重要です。子どものときに風疹ワクチン(MRやMMRワクチン)を接種していても、体内に十分な抗体が残っていないことがあるので、妊活前の抗体検査とワクチン接種が推奨されています。自治体などが助成金を出している場合も多いので、お住まいの地域の情報をチェックしてみてください。

 妊娠前から取り組める2つの例を紹介しましたが、他にも金銭的な話や、赤ちゃんの話など、プレコンセプションケアとして大事な項目は幅広くあります。

 妊娠・出産前の段階から、男性がある程度、妊娠で女性の体にどのようなことが起こるかを知っておくことは、この時代には不可欠ではないでしょうか。プレコンセプションケアに取り組んでいる国立成育医療研究センターのHP(※1)には、妊娠前にチェックしておきたい項目をまとめた「プレコン・チェックシート」が掲載されています。興味のある方はぜひ確認してみてください。