コロナ禍で浮き彫りになった課題を前向きに捉え、日本の公教育を変えたい――。自身も小1と4歳の子どもを育てる、子育てマーケターの森田亜矢子さんが、そんな思いで、先進的な取り組みやキーパーソンを紹介する連載。最終回は、昨年のコロナ休校期間にオンライン授業を迅速に実施し、ICT環境整備の進捗度が全国でもトップクラスである熊本市の教育長・遠藤洋路さんに、これからの公教育で育むべき力について、前後編に分けて聞きます。

【前編】公教育で伸ばす「自分で選ぶ力」 幸せの実感握るカギに ←今回はココ
【後編】熊本市教育長 校則づくりに子どもが関わるべき理由

 コロナ禍で始まった2020年度も、そろそろ終わりですね。GIGAスクール構想の1人1台端末の配布が進んでいる自治体も増えているようです。私の娘が通う小学校でも、配布に向けた準備が進んでいることが発表され、その日を楽しみに待っています。しかし、既に配布されている小学校の保護者から、「ほとんど使われていない」「家に置きっぱなしで使っているところを見たことがない」という声が聞こえてくることもあります。

 公教育がさらに良いものになっていくためには、物質的な環境整備だけではなく、「これらを活用してどんな教育を提供していくのか」というマインド醸成の部分で、強いリーダーシップが必要なのかもしれません。

 『教育委員会が本気出したらスゴかった。コロナ禍に2週間でオンライン授業を実現した熊本市の奇跡』(時事通信社)という書籍で話題になった熊本市教育委員会の教育長・遠藤洋路さんは、そのリーダーシップを発揮している1人。財政的に恵まれていたわけでもなく、ICT環境整備も、わずか数年前までは全国でワーストに入る状況であった熊本市ですが、遠藤さんが教育長に就任後、急ピッチでさまざまな教育改革が進められました。今回は、公教育で育むべき真の力について、教育長の遠藤洋路さんに前・後編で話を聞きます。

国際的な教育目標 「エージェンシー」

森田亜矢子(以下、――) 昨年、新たに策定された熊本市の教育振興基本計画にある「主体的に考え行動する力を育む教育の推進」について聞かせてください。

遠藤洋路教育長(以下、敬称略) このビジョンを掲げた理由は2つあります。まずは、2016年に発生した熊本地震をきっかけに、災害からの復旧・復興の担い手が必要不可欠になったことです。

 熊本地震の復旧・復興には、これからも長い年月が必要になりますが、今後もこのような災害だけでなく、さまざまな予想外のことが起こるでしょう。自ら主体的に考え、判断し、社会をより良くするために行動できる人が必要だと考えました。

 もう1つの理由は、この力を育むことが、世界の教育目標にも合致しているということです。OECD(経済協力開発機構)が世界に提言している、2030年に向けた教育の在り方「Education2030」の中で「エージェンシー」という言葉が言及されています。

 「エージェンシー」とは、どういう能力なのか。ぴったりと当てはまる日本語がないのですが、端的に言えば、「自分の人生や周りの世界をより良い方向に変えていく意思や力」というものです。このような「エージェンシー」を持った人を育てることが、国際的な教育目標になっています。

―― 「エージェンシー」という言葉は、私たち保護者には耳慣れない言葉ですが、自分のことだけでなく、社会全体のメリットという視座を持って行動できる人が求められているのですね。コロナ下の今、社会全体の視点を持って自分の行動を考えることは本当に重要だと感じます。

遠藤 コロナで証明されたように、今までの当たり前が、ある日突然ひっくり返ることが起こります。既存のルールや前例が通用しない事態において、国民全員が「指示待ち」をしていたら、その国は大変なことになりますよね。