中学受験の挫折で、母は「いい意味で諦めた」
西岡 でも、中学受験だけはまだ、自分の中でトラウマなんです。小学生の頃「そんな頭悪いくせに受験して、行ける学校あんのかよ!」「西岡が目指してるのはこんな偏差値の低い学校だってよ!」といったキツイ言葉を浴びせられて、その経験からまだ完全に吹っ切れていないんですよね。ただ、自分と同じような思いを抱えてくすぶっている子どもたちを励ましたい、という気持ちはずっと持ち続けています。
加藤 残念ながら、子どものうちから偏差値で測られる世界に身を置くと、そういうマウンティングが起きやすいですよね。それは親の世界にもあって。お母さんにも葛藤があったんじゃないかと思うのですが、お母さんは中学受験の経験を経てどう変わりましたか。
西岡 ある種の挫折感があったんじゃないでしょうか。母はいい意味で諦めてくれた気がします。
前回もお話ししましたが、僕は中学に入ってからも全然勉強しなくて成績はずっと最下位。このままじゃ付属の高校にも進学できないってところまで危うくなって、母と一緒に学校に呼び出されたりしていました。それでも母は絶対、「勉強しろ」とは言わないんです。
加藤 東大生って「勉強しなさい」って言われたことがない、ってよく言われるじゃないですか。つまり、東大に入るような子は「勉強しなさい」って言われなくても自分からやる、と。でも、西岡さんの場合は本当に勉強しなかったのね。
西岡 はい。一緒に学校に呼び出されたときは、先生から渾々(こんこん)と説教されたのですが、母は黙って聞くだけで、その後も僕には一切何も言いませんでした。
加藤 小学校の頃はあんなに熱心だったお母さんが何も言わないことに対して、西岡さんはどう思ったんですか?
西岡 ちょっと怖かったです。「ついに何も言われなくなった、怖っ」みたいな(笑)。でも先生からめちゃくちゃ怒られて、やっぱりやらなきゃダメだって思ったのはよく覚えてます。
加藤 だったらやっぱり、親は何も言わないほうがいいってことか。
西岡 親が「勉強しろ」って言うのって、効力としてはゼロです。むしろマイナスにしかならないです。
加藤 心理学のメカニズムでも、人間って、自分からやろうと思っていたときに「やれ」と強制されると、反抗心を持つものなんですよね。
西岡さんはその後、前回の話にあった「脱・いじめられっ子」を目標に東大を目指すことになったわけですが、東大受験でお母さんに感謝していることって何かありますか。
西岡 一番は偏差値35から東大を目指すって言ったとき「いいんじゃない。頑張って」って言ってくれたことです。
加藤 最初から無理だと決めつけたりしなかったってことですね。
西岡 その後も、僕が模試でひどい成績を取っても「これが良いとか悪いとか、私にはよくわからないから見せなくていい」って。これには本当に救われました。
加藤 でも2浪って、西岡さん自身メンタル的に相当キツかったでしょう? お母さんもそれをそばで支えるのは大変だったんじゃないかな。
西岡 おっしゃる通り、浪人って精神的に非常に落ち込むわけですよ。そんな時期、母は朝が来るとジャーッとカーテン開けて窓を全開にして、「日光を浴びなさい」って言うんです。それから犬の散歩に駆り出されました。「勉強しなきゃいけないんだけど」って言っても、「あんただって、犬の世話くらいしなきゃダメでしょ」って。
一緒に行くこともあったんですけど、「もうダメだ」とかちょっとでもネガティブなことを口にすると、母に「うるさい」って叱られました。「私まで気分が悪くなるから、そういう後ろ向きなことを言ったら、その都度、お小遣い100円ずつ減らすわよ」って。ネガティブなことを言うたびに、「チャリン」。散歩中「チャリンチャリンチャリン」って何度も言われて大幅減額。
加藤 すごい! 受験生の親って、子どもを無条件に信じようと思いつつも、不安のあまり余計な一言が出ちゃうもんです。なのに、西岡さんのお母さんは、そういうマイナスの感情を子どもには一切見せず、むしろそうやって不安を笑いに変えて息子を安心させていたんですね。同じ親としてリスペクトしかないです。
構成/加藤紀子
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