中学・高校・大学入試で「表現力」を問われる出題が増えています。親の世代は経験していない評価基準ということもあり、表現力を養成する塾や習い事に通わせたほうがよいのかと翻弄される親もいるでしょう。今こそ改めて「表現力」とは何か、どのように育むものなのかを考えてみませんか。この連載では、童話作家で3人の子の母、まつざわくみさんが実践する、わが子の表現力を育む方法を紹介しています。第2回はまつざわさんが実践している「おしゃべり日記」と「暗やみ絵本」について聞いていきます。

【童話作家の私が育む、わが子の「想いを言葉にする力」】ラインアップ
小3の娘の童話が最高賞を獲得 作家の母の教えは?
毎晩7時に配達 家族同士で思いを伝える居間のポスト

家族総出の「ベビーカーさよならセレモニー」

 前回はまつざわさんの長女、彩野(あの)さんが小3で書いたファンタジックな物語『赤いふでばこのねがい』を紹介しました。彩野さんの想像力と感受性に驚いた方も多いのではないでしょうか。

 彩野さんの豊かな感受性がよく分かるエピソードがあります。年長のとき、まつざわさんが出先のリサイクルショップで、ふと思いついて、きょうだい3人で乗り継いできたベビーカーを新しいものに買い替えようとしたことがありました。

 大きくて頑丈なベビーカーは3人の子育てに耐えてくれましたが、その重さゆえ取り回しに苦労していたまつざわさん。同じメーカーの軽量タイプを見つけたことでとっさに行動に移そうとしたのです。

 ところが、彩野さんは思い出の詰まったベビーカーとの別れが突然やってきたことを受け止めきれず、店内で大号泣して抵抗しました。

 「赤ちゃんのときから守ってくれたベビーカーと、あんな所で急にお別れなんていやだ!」「私たち3人をずっと見ていてくれたのに、お店の人に連れて行かれたらもう見えなくなっちゃうよ!」「誰かの赤ちゃんを乗せられたらいいけど、値段がつかなくて誰かワルイ人にカイタイされちゃったら胸がはりさけちゃう!」

 娘の心からの訴えに、まつざわさんは猛省したと同時に、怒りながら主張し続ける娘の言葉選びや表現に感服したといいます。

 「私は、ずっと買い替えたいと思っていたところにちょうどいいベビーカーと出合ってラッキーだ、くらいの想いでした。娘の反応にとても驚くと同時に、傷つけてしまったことを深く反省しました」

ベビーカーを買い替えようとしたとき、彩野さんは大号泣して抵抗。まつざわさんは一生忘れられないモーメントになると直感し、写真を撮りました。左は次女の花音(はなね)ちゃん(写真/まつざわさん提供)
ベビーカーを買い替えようとしたとき、彩野さんは大号泣して抵抗。まつざわさんは一生忘れられないモーメントになると直感し、写真を撮りました。左は次女の花音(はなね)ちゃん(写真/まつざわさん提供)

 とはいえ、日々の暮らしには軽量の新しいベビーカーがふさわしい。その晩、夫が帰宅後に家族会議をして話し合い、やはり2台のベビーカーは置くことはできないことを彩野さんに分かってもらうことにしました。

 同時に彩野さんの大切なものと別れる喪失感を少しでも受け止め、和らげることができるよう、翌朝、家族全員でベビーカーとの「お別れ会」を開くことにしたのです。

 早朝の公園にベビーカーを置き、きょうだい3人が代わる代わる乗り、それぞれにお別れを告げました。彩野さんと弟の想葉(そうよう)くんは、ベビーカーに乗った自身が写った写真アルバムをベビーカーに見せながら「これまで、みんなを乗せてくれてありがとう」と伝えたといいます。 

 たっぷりと別れを惜しんだ後も、やはりベビーカーとさよならをするときには涙した彩野さん。しかしまつざわさんがその想いを無視せず向き合う時間をつくったことで、少しずつ受け入れることができました。

 何より、まつざわさん自身がベビーカーの存在の大きさに改めて気づかされたといいます。

 「日常の中であまりに当たり前な存在で、感謝することすら忘れていました。物を全て持ち続けていたら生活は回らない。けれど、大切なモノには特別な思い出があるということ、それをなおざりにした別れ方をしてはいけないということに娘が気づかせてくれました

お別れ会で何年ぶりかにベビーカーに乗った彩野さん。その姿にまつざわさんは改めて成長を感じることができました。手前は想葉くん(写真/まつざわさん提供)
お別れ会で何年ぶりかにベビーカーに乗った彩野さん。その姿にまつざわさんは改めて成長を感じることができました。手前は想葉くん(写真/まつざわさん提供)

 働く親たちは忙しく日々を過ごしていると、子どもの訴えについなおざりな対応をしてしまうことがあります。でも親が子どもの訴えに向き合う時間をつくることで、子どもは自分の想いが尊重され受け止めてもらえたという、親への信頼と肯定感を持つことができます。親の対応が子どもの意に反した結果であったとしても、感じたことを伝えてもいいという安心感を担保することは、とても大切だと気づかされる事例です。