:おお、そうなんですね。子どもにどうやって努力を続けてもらうのかという問題はさておき、勇気がもらえる話です。でも、これってアタマの軟らかい成長期の子どもだけですよね? 大人はもう、脳が成長する余地なんてないでしょう。

:いえ、大人の脳だってちゃんと成長することができるんですよ

:本当ですか? 中高年でも?

:はい。大人の脳でも刺激を与え続ければ、成長することができます。このように、外部からの刺激に対して変化する力があることを「可塑性(かそせい)がある」というのですが、大人でも子どもでも人間の脳にはちゃんと可塑性が備わっているのです。

何歳になっても脳の一部では神経細胞が新しくつくられる

:驚きました。脳の神経細胞の数は大人になってからは減っていく一方だと聞いていたので。まさかそんな力があるとは。

:実は、人間の脳にある約1000 億個の神経細胞(ニューロン)の一部は、年齢を重ねても細胞分裂して新しくつくられることが分かったんです(*2)。「海馬」という部位ですね。

:不思議だなぁ。海馬というのは、どんな役割があるんですか?

:海馬は脳の側頭葉の奥深くにある、タツノオトシゴみたいな形をした部位で、「記憶の倉庫番」の役割を担っています。外部から入ってきた情報を一時的に記憶して(短期記憶)、その後も覚えておくべきかどうかを判断します。保存しておいた情報を思い出すのも海馬の働きです。

 子どもの睡眠時間と海馬の体積の関係を調べてみたところ、8~9時間寝ている子どもは5~6時間しか寝ていない子どもよりも、海馬の体積が大きかったことが分かりました(*3)。また、大人ではうつ病になると海馬が萎縮することがありますし(*4)、アルツハイマー型認知症になるとまず海馬が萎縮していきます(*5)。

脳の神経細胞は大人になってからは新しく生まれることはないと考えられてきたが、少なくとも記憶をつかさどる「海馬」は何歳になっても神経細胞が新生していることが近年分かった(画像=123RF)
脳の神経細胞は大人になってからは新しく生まれることはないと考えられてきたが、少なくとも記憶をつかさどる「海馬」は何歳になっても神経細胞が新生していることが近年分かった(画像=123RF)

:海馬、めちゃくちゃ重要じゃないですか。でも、海馬以外では大人になると神経細胞が死んでいく一方なのですよね。だったら、どうやって大人の脳に変化する力があるのですか?

:これは大人でも子どもでも同じですが、脳が情報を処理するためには神経細胞同士が神経伝達回路(シナプス)でつながって複雑なネットワークを構築します。シナプスが結びついていくことで脳の体積が増えていくのです。子どもの脳はネットワークをつくるスピードがものすごく速い。一方大人は、それよりは時間がかかるものの、脳に刺激を与え続けることで既存のネットワークを強化したり、新たなネットワークを広げたりすることができる、ということが分かってきました。

:すごいですね。それが分かってきたのって最近なのですか?

:わりと最近です。2004 年に科学雑誌「Nature」に掲載されたドイツの大学の研究チームが行った報告(*6)をはじめ、さまざまな研究(*7)で明らかになっています。

*2 Goncalves J.T. et al., Cell, 167(4):897-914., 2016
*3 Taki Y. et al., NeuroImage, 60(1):471-5., 2012
*4 Taki Y. et al., Journal Affective Disorders, 88(3):313-320., 2005
*5 Coupe P. et al., Scientific Reports, 9:3998., 2019
*6 Schmidt-Hieber C. et al., Nature, 429:184-187., 2004
*7 Dahlin E. et al., Science, 320(5882):1510-2., 2008