「不登校の子どもとその親を笑顔にしたい」という思いから「教育漫才」を始めるなど、革新的な取り組みで注目されている、埼玉県越谷市立新方(にいがた)小学校の名物校長、田畑栄一さん。新方小学校で2021年6月に開催された「N-1グランプリ」の様子をリポートするとともに、「とにかく子ども自身に決めさせることが一番大切」という田畑さんに、家庭教育で親が心掛けるべきことについても具体的に指南してもらいました。

「不登校の子どもとお母さんを笑顔にしたい」という思いが出発点

 「学校の主役は子どもである」。これはある小学校校長の言葉です。しかし現在、「主役」であるはずの子どもたちが置かれている状況は、決して喜ばしいものではありません。

 文部科学省が全国の小学・中学・高等学校に実施した調査(令和元年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査)によると、2019年度の小学校における不登校の児童数は5万3350人で前年よりも8509人増え、過去最高を更新しています。主な要因のうち学校に関連するものは、友人や教員との人間関係トラブル、学業不振、入学や進級時などの不適応など。暴力件数は4万3614件(前年比7078件増)、いじめの認知件数は48万4545件(同5万8701件増)でした。いずれも調査開始年度以降過去最高で、中学・高校よりも圧倒的に多い数です。

 子どもたちを取り巻く環境が年々過酷さを増している背景について、埼玉県越谷市立新方(にいがた)小学校の田畑栄一校長は、「先行き不透明な時代を背景としたストレス、人間関係の希薄化・複雑化、しつけ問題、教師の指導力不足などさまざまな要因が複雑に絡み合い、影響し合っている」と指摘します。田畑校長は冒頭の発言の主であり、学校教育に革命をもたらした「名物校長」として注目される人物です。

 革命とは、子ども同士がペアやトリオになってネタを一から作り上げて観客の前で披露する「教育漫才」です。エンターテインメントの一つである漫才を教育現場に持ち込んだ狙いは、子どもたちの置かれた状況を改善し、子どもたちを「真の主役」に戻すことでした。

 「子どもたち自身がトラブルや悩みを人に相談したり、人間関係を円滑にしたりできる『温かいコミュニケーション力』を育むことが、問題の解決につながると考えました。

 笑いの要素を取り入れたのは、(越谷市立)東越谷小学校長を務めていた2015年、前の学校で理不尽な待遇がきっかけで不登校になり、転校してきた児童と、そのお母さんや家族を何とか笑顔にしたいという一心からでした」と、田畑校長。

 田畑校長の部屋には遊び道具がたくさんあり、校長室には休み時間ごとに子どもが集まります。登校渋りや教室渋りの児童がいれば、まずは校長室へ招き入れ、その子の「エネルギーがたまるまで」(田畑校長)、時間の許す限りゲームをしたり話をしたりして寄り添うといいます。

 教育相談員の来校機会の少なさや担任の忙しさを勘案した結果、「学校の主人公が(登校を)渋っているときに教員任せにしておくことはできませんし、そのような事態が起きた時にこそ学校改善のヒントがあります。その子が安心して学校に来られるよう、比較的時間に余裕のある校長が、できる限り受け入れてあげられる温かい環境を整えたい」(田畑校長)と考えるからこそです。

校長室にはたくさんの児童たちの作品が飾られています。この絵は「田畑校長が学校を包んでいる様子」を描いたもの
校長室にはたくさんの児童たちの作品が飾られています。この絵は「田畑校長が学校を包んでいる様子」を描いたもの

 田畑校長は、笑いのある温かい雰囲気こそが学校に必要だと感じ、漫才を教材にすると思い立つや、自ら吉本興業に連絡を取って協力を仰ぎ、漫才大会を開催することにしました。教師たち自身が漫才研修を受けるのと同時並行で、子どもたちに開催を発表したところ、子どもたちは目を輝かせて喜んだと言います。

越谷市立新方小学校で21年6月に開催された「N-1グランプリ」の様子。「N-1グランプリ」と銘打ち、各組の登場時には出囃子(ばやし)も流す本格さで子どもたちの気持ちも高揚
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トップバッターは5年生代表のトリオ「ピザを食べる犬」
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