松田さんの妻は語る。「母はパートとはいえ勤続20年で、新卒入社なら課長に昇進するくらい長い間、スキルを磨いてきました。担当部門のリーダーとして勤務シフト作りを任されるなど、責任ある立場にも就いています。でも上司にとって女性のキャリアなど、どうでもいいことなのでしょう」

 最終的に、松田さんは同僚一人ひとりに仕事の肩代わりをお願いし、分担表を作って上司に提出。その期間、週2日は出社し、それ以外の日はリモートで仕事をしてやりくりした。このため結果的には育児休業制度を適用せず、在宅勤務扱いになった

 それでも上司は、「育休」の直前、こう言い放ったという。「復帰したら営業から外れて人気のない部署へ行くか、一般職として働くことも考えなければいけないだろうな」

実家の家族がコロナ感染、両親は自宅隔離

 松田さんの妻は、夫が家で買い物や料理などを引き受けたことを「とても助かった」と振り返る。さらに打ち明けた。「会社は『いちいち感染を心配していたらきりがない』『万に一つもない』と思うのかもしれません。でも万に一つは起きたんです」

 出産のための入院から退院後間もなく、実家に住む弟がコロナに感染。両親は陰性だったが濃厚接触者として2週間、出勤停止を命じられ自宅から出られなかった。「里帰りしていたら、私も実家に隔離されていたかも。赤ちゃんはどうなっていたか……」と、表情をこわばらせた。

 また、会社が夫の育休取得希望を「妻のわがまま」であるかのように攻撃したことにも憤りを感じている。「私が夫に育休を取らせ、家事をさせる『鬼嫁』で、夫は被害者だなどとチクチク言われたそうです。でも共働きで実家の助けも借りられない中、夫婦で家事と育児を分担するのは、当たり前ではないでしょうか

 夫妻は育休取得に当たり、労働基準監督署やNPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)に相談した。松田さんはFJからのアドバイスが、心の支えになったという。「新卒入社で他の職場を知らないので『世の中こんなもので、自分がおかしいのかも』という思いがどこかにありました。でもFJのメンバーに『いまどきありえない』と言ってもらえて、自分は間違っていないと安心し、会社と交渉できました」

 ファザーリング・ジャパン(FJ)東北の理事で自身も10年ほど前、育休取得に伴うパタハラ被害を受けた後藤大平さんは、松田さんのケースについて「当時と何も変わっておらず、時が止まったようだ」と驚く。

 一方で、「変わらなければという意識が企業にあっても手が回らず、実際に組織を変えるまで至らないケースはいまだに多い」と後藤さんは指摘する。