課長に昇進してからのキャリアを振り返る愛美。「やはり自分はお飾りだ」と思い当たる節があると、胸が痛んだ。そんなとき、仕事から帰宅した夫の顔色を見て、愛美はある決心をする――。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る←今回はココ

■今回の主な登場人物■
江原愛美…同期の中では早く昇進し、産休・育休を経験したワーキングマザー
大原…インターネット企画部長で、愛美の直属の上司
圭壱…愛美の夫で、飲食チェーンに勤める

「これまでの通り、かわいい感じでやっていけばいい」

 愛美が出した『コトコト』の路線変更案は、受け入れられなかった。

 最初愛美は、自分の出した案が甘かったのではないかと思った。それで、細かいところを見直し、削れるところは削り、企画を練り直して再度提出した。

 だが、最後まで報われなかったのである。

 経営会議で、『コトコト』にこれ以上の予算をつぎ込む必要はないという結論になったことを、大原から聞かされた。それを告げる大原の顔に、じくじとしたものが一片も見られなかったことが、愛美を傷つけた。『コトコト』は、あくまで自社商品の売り上げに貢献するツールのひとつであればいいというのが社の方針であり、大原の考えでもあるのだろう。

 それでも粘ろうとした愛美に、大原は言った。

「『コトコト』は、これまでの通り、かわいい感じでやっていけばいいじゃないか」

 と。なんの悪気も、てらいもない感じで。

「かわいい感じって、どういう意味ですか」

 愛美が真顔で聞き返すと、大原は、え、という顔をした。

 その顔を見て、分かっていないのか、と愛美は思った。『コトコト』をもっと大きなアプリに、影響力のあるメディアに育てたいというチームの野望を、この人は分かっていないのか。

「これまでみたいに、ってことだよ。予算をつけると責任も大きくなってしまう。そんなしゃかりきになって取り組まなくても、今まで通り、販促ツールのひとつとして、うちの商品をもり立ててほしいっていうことだよ。実際、社内で評判いいじゃない。社長の奥さんも『コトコト』をよく見ているっていうし」

 大原は、まるでそれを言えば愛美が喜ぶと思っているかのような顔をしていた。

 愛美は大原の言いたいことも、社の方針も、瞬時に理解した。

「分かりました。ありがとうございます」

 と答えて、なんとか笑顔をつくるくらいの社交性と処世術と、そして諦めを、彼女は既に持ち合わせていた。

 『コトコト』はその後も自社商品の販促ツールのひとつとして、会社の公式ホームページ内で動画配信を続けた。