【小説】求婚というより、許可を出された感じがした

彩子は菜々の様子が気になって、連絡しようとLINEを開くが――。

【これまでのお話】
プロローグ　新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話　新居に同期が集まった夜
第2話　同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話　妻を無視する夫　「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話　「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話　言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話　充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話　正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話　わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話　その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話　がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話　なにが「同期初の女性部長」だよ！
第12話　「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話　わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話　仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話　自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話　不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話　気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話　育休明け直前、世界は混沌とした状態に陥った
第19話　夫は子の意味不明な行動が我慢できないようだった
第20話　かつては泣きわめく子がいると、運が悪いと感じていた
第21話　笑えなかったのは、夫婦関係がうまくいっていないから
第22話　黙ると夫の機嫌が直る、そのパターンに慣れていた
第23話　離婚という選択肢が、くっきりと目の前に現れた
第24話　香水を付けるようになったのは、アルバイトを始めてから
第25話　あの時、若い女は得していると思っていたのが歯がゆい
第26話　その時初めて、正社員との間にある溝がくっきりと見えた
第27話　ママになり変わってしまった菜々の姿が少し怖かった
第28話　求婚というより、許可を出された感じがした←今回はココ

仕事なんて、そんなものかもしれない

　税理士の資格試験に向けて受講している「集中速習コース」の授業1コマを1.5倍速で聞き終えた。午後2時45分。ここから彩子は30分間の休み時間を取る。

　いつもは夕食の下ごしらえをするのだが、どうにも、思い出した菜々の姿が気になって、スマホを起動した。

　LINEアプリを開けて、菜々にメッセージを書いた。

　このあいだは楽しかったね。忙しいと思うけど、また会わない？ ランチとか。よかったら来月あたり、どうだろ。

　書いた文字を見つめたまま、彩子は送信を迷っていた。

　既に先週、菜々からは、招いてくれたことに対する礼のメッセージが来ており、それに対して彩子も感謝を伝えていた。そこでやりとりは終わっていたのに、追ってメッセージを送るのは、ちょっとしつこすぎるだろうか。

　そもそも菜々にもう一度会って、自分はいったい何を話したいというのだろう。

　顔色や体形の変化が心配だったと伝える？

　まさか、と彩子は思った。そんなこと言えやしない。だいたい、菜々は、彩子が派遣切りされた会社の正社員で、既婚者で、子どももいて、育休から戻ってきて、今もバリバリ働いているのだ。月いくら稼いでいるのだろう。想像もつかないし、そんな想像をしようとした自分が卑しく思えた。大きな組織に所属し、自分の何歩も先まで人生をリードしている彼女が、今、一時的に育児疲れをしているからといって、わたしが何を心配し、何をしてあげられるというのか。

　彩子は、菜々と自分が、純粋な友達ではなかった気がした。

　いっとき同じ職場で働いていた、同い年で同性の正社員と派遣社員。共通点でつながっていただけ。

　仕事なんて、そんなものかもしれないと、乾いた考えが浮かんだ。

　彩子は、書いたメッセージを消した。

　気分を変えるためにも、台所に立った。さっさと夕食を作ってしまおう。