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その時初めて、正社員との間にある溝がくっきりと見えた

【連載小説第26話】徐々に自分の仕事がなくなっていくのを感じた


新型コロナウイルス感染拡大の影響で世の中が混沌とした状態に陥る中、彩子の会社での待遇も変化した。これまで当たり前のようにされていた契約更新を、これからも当たり前のようにされると思っていたが――。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話 不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話 気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話 育休明け直前、世界は混沌とした状態に陥った
第19話 夫は子の意味不明な行動が我慢できないようだった
第20話 かつては泣きわめく子がいると、運が悪いと感じていた
第21話 笑えなかったのは、夫婦関係がうまくいっていないから
第22話 黙ると夫の機嫌が直る、そのパターンに慣れていた
第23話 離婚という選択肢が、くっきりと目の前に現れた
第24話 香水を付けるようになったのは、アルバイトを始めてから
第25話 あの時、若い女は得していると思っていたのが歯がゆい
第26話 その時初めて、正社員との間にある溝がくっきりと見えた←今回はココ

■今回の主な登場人物■
岡崎彩子…派遣社員として食品メーカーに勤めていたが、菜々の産休中に転職した
西…食品メーカーに勤める菜々の同期。彩子と交際中

彩子は、素直に受け止められなかった

 景気の影響を強く受けない業界とはいわれているものの、食品会社には衛生管理面で厳しい目が向けられる。あの頃、感染者数が連日報道され、感染源の犯人捜しが日常化されていた。クラスター(感染者集団)発生で社名を報道されたら大変なことになると、社内のムードがぴりぴりと厳しくなっていた。

 彩子が所属していた管理系の部門は、会社の中でいち早くコロナ禍に対応していたといえる。菜々からちらっと聞いた話によると、管理部長はぜんそく持ちの新入社員のために、上層部に掛け合って、早々にリモートワークの体制を整えようと動いたそうだ。新卒のその男性社員は、大人になってからぜんそくを発症したということで、コロナ前から薬を飲んでいた。上司が部下の命を守るために動いたというそのエピソードを、菜々は良いこととして受け止め、部長の行動力に感動しているようだった。

 しかし、それを聞いた彩子は、素直に受け止められなかった。

 ぜんそく持ちなのが、正社員の新入社員ではなく、派遣社員の自分だったら? そんなことを考えてしまったのだ。

 答えは誰にだって分かる。部長が彩子のために勤務体制を変えるわけがない。

 その時初めて、正社員と派遣社員の間に流れる大きな、当たり前の溝が、くっきりと見えた気がした。

 いや、その溝はもともとそこにあり、彩子こそ理解していたはずのものだった。理解した上で、とっくに割り切っており、派遣される立場ゆえに得する面があることにだけ注目しようとしていた。だが、コロナ禍において、これは、大げさにいえば命に関わる溝だった。あたかも家族と他人の差のようにまで思える待遇の違いを前にし、彩子は、自分でも驚くくらいに傷ついた。傷つくことが合理的ではないとも思い、そう思ってしまうことで、抗議や嘆きの言葉を自ら封じた。

次ページから読める内容

  • 「わたしはいったい、どうなるんだろう」
  • 「一緒に住むのはどうだろ」と西が突然言った
  • 心がほどけていく気がした

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朝比奈あすか 小説家
朝比奈あすか

会社員を経て、2000年にノンフィクション『光さす故郷へ』(マガジンハウス)を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作の『憂鬱なハスビーン』(講談社)で小説家としてデビュー。以降、働く女性や子ども同士の関係を題材にした小説をはじめ、多数の作品を執筆。代表作に『人生のピース』『ななみの海』(共に双葉社)『あの子が欲しい』(講談社)『さよなら獣』(中央公論新社)『人間タワー』(文芸春秋)『君たちは今が世界』(角川書店)『翼の翼』(光文社)など

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