MaiのVlogを見てから、香水を付けることが午後を迎える彩子のルーティンになっていた。今日もMaiの香水を付けて、税理士資格の勉強を始める――。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話 不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話 気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話 育休明け直前、世界は混沌とした状態に陥った
第19話 夫は子の意味不明な行動が我慢できないようだった
第20話 かつては泣きわめく子がいると、運が悪いと感じていた
第21話 笑えなかったのは、夫婦関係がうまくいっていないから
第22話 黙ると夫の機嫌が直る、そのパターンに慣れていた
第23話 離婚という選択肢が、くっきりと目の前に現れた
第24話 香水を付けるようになったのは、アルバイトを始めてから
第25話 あの時、若い女は得していると思っていたのが歯がゆい←今回はココ

■今回の主な登場人物■
岡崎彩子…派遣社員として食品メーカーに勤めていたが、菜々の産休中に転職した
板倉麻衣…5年ほどで食品メーカーをやめ、Webライターとして活動中。YouTubeでVlogも発信している

香水は、自分を奮い立たせるアイテムだ

 香水がいつまで同じ品質を保てるのか、彩子は知らなかったが、仕事の後に付けてみると、香りはあせていなかった。

 手首に吹き付けてみると、豊かな甘みが鼻孔に広がる。

 カフェで「無香」でいることに縛られるようになってから、彩子は急に香水に興味が湧いた。1人の時間に一振りだけ、自分にすてきな香りを付けることを楽しみ始めた。

 この香水を作ったMaiの本名を知っていることが、少しうれしい。

 彼女は今や登録者が6000人を超えるYouTuberだ。香りのある生活をコンセプトにした動画をアップしている。

 たまたま「おすすめ」で回ってきた動画の中のMaiが、菜々の同期の板倉麻衣だと、彩子はすぐに分かった。だから、この間、菜々が家に遊びに来てくれた時にもその話をしたが、なぜかあまり盛り上がらなかった。同期の彼女らにとっては、麻衣がMaiとして活動していることは特段騒ぐほどでもない周知の事実だったんだろうし、子育てで手いっぱいの彼女たちは同期がインフルエンサーであることに、さほど興味もないのかもしれない。

 だが、彩子にとって、それは新鮮な事実だったし、画面の向こうですてきな生活をしているMaiが作ってくれた香水を自分の体にそっと付けられることは幸せだった。

 今日もMaiの香水を付けて、彩子は席につく。スマホを操作して、登録してある資格取得予備校のアプリを開いた。

 学生の頃に目指そうと思い、しかしいつの間にかあきらめてしまった税理士資格を取得するために、これからWeb講義を2コマ受ける。

 1コマ終わった後に30分休みを設け、そこで夕食の下ごしらえをするのが決まりだ。

 仕事も勉強も家事も、すべて自分で時間を決めて、自分を管理して、今のところ怠けずに頑張っている。つまり香水は、誰のためでもなく、自分を奮い立たせるアイテムだ。午後の時間、この香りに包まれて、未来の自分のための努力をする。

 未来の自分のための……。