彩子と西の家からの帰り道、揺れ続ける電車の中で、菜々はもう1つ悔しい記憶を思い出した。それは1カ月前のこと――。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話 不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話 気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話 育休明け直前、世界は混沌とした状態に陥った
第19話 夫は子の意味不明な行動が我慢できないようだった
第20話 かつては泣きわめく子がいると、運が悪いと感じていた
第21話 笑えなかったのは、夫婦関係がうまくいっていないから
第22話 黙ると夫の機嫌が直る、そのパターンに慣れていた
第23話 離婚という選択肢が、くっきりと目の前に現れた←今回はココ

■今回の主な登場人物■
三芳菜々…食品メーカーに同期入社した拓也と結婚、1児の母
三芳拓也…菜々の夫、1児の父
三芳樹(いつき)…菜々と拓也の間に生まれた2歳の息子

「奥さんは何やってんだって、みんな思ったと思うよ」

 もう1つの悔しい記憶……。

 いや、記憶というほど過去のことではない。それはつい最近のことだ。拓也が大学時代の仲間たちとオンライン飲み会をしている時に、樹が部屋の中に入った。菜々はその時、風呂を洗っていた。樹は脱衣所のあたりにいた気がしたが、書斎から、パパの楽しそうな笑い声が聞こえるのが気になったのだろう。

 拓也は樹を抱えて外に出した。すると樹はまた入った。それで拓也はもう一度樹を外に出し、ドアの前に重し代わりのラックを置いた。すると、樹が泣いてドアをたたいた。その泣き声を無視していたら、画面の向こうにいた昔の友人たちに、追い出してかわいそうだの子どもも参加させろだのさんざん「からかわれた」らしい。

「何やってんだよ!」。あの時も、突然拓也に怒鳴られたのだ。「こいつのことちゃんと見とけって言ってるだろ!」

 オンライン会議に子どもやペットが顔を出してしまうことだってあるこの時代、ましてや飲み会である。ミュートにする、カメラを切る、などの対応もできるわけで、そこまで怒るほどの出来事ではなかったと菜々は思う。

 しかし拓也は、「恥をかかされた」と言った。

「正直、奥さんは何やってんだって、みんな思ったと思うよ。だいたい、子どもをこんなふうに放置するの、危ないと思わないのかな」

 ああ、このパターンか。菜々は分かった。みんなこう思ったと思うよのパターンである。菜々は、もう面倒くさいので謝ろうかと思ったが、どうして飲み会の間すら子どもからいっときも目を離さないことを強制されるのかと思うと、何も言う気がしなくなった。こんなことにいら立っている夫の姿を見て、気持ちがすーっと冷えてもいた。ばかみたい、と口に出さずに思ったが、顔に表れていたのかもしれない。

次ページから読める内容

  • 確実な、「暴力」を受けた
  • 拓也の機嫌を取る気力が、もうなかった
  • 「録音とか、してないよな?」

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