彩子と西の家からの帰り道、揺れ続ける電車の中で、これまで拓也に言われたさまざまな言葉が、菜々の耳元によみがえる。親子3人でファミレスに行ったときには――。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話 不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話 気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話 育休明け直前、世界は混沌とした状態に陥った
第19話 夫は子の意味不明な行動が我慢できないようだった
第20話 かつては泣きわめく子がいると、運が悪いと感じていた
第21話 笑えなかったのは、夫婦関係がうまくいっていないから
第22話 黙ると夫の機嫌が直る、そのパターンに慣れていた←今回はココ

■今回の主な登場人物■
三芳菜々…食品メーカーに同期入社した拓也と結婚、1児の母
三芳拓也…菜々の夫、1児の父
三芳樹(いつき)…菜々と拓也の間に生まれた2歳の息子

拓也をこれ以上ぴりぴりさせたくなかった

 まだ乳飲み子の樹を連れて行った初めてのファミレス――。

 そう、あれはコロナ禍が始まる一歩手前の週末だった。

 あの日、ランチを外で食べよう、と言い出したのは拓也である。菜々も明るく応じた。マンションのそばにファミリーレストランができたのだ。新しい店舗は明るく清潔に見えた。ベビーカーを置ける場所や授乳室など、子連れフレンドリーな店だという情報は事前に得ていた。樹の外食デビューにぴったりの場所ではないかと夫婦は話していた。

 しかしその日は、店の入り口はいつも以上に混んでいた。来客シートに名前を書き、待合スペースで順番を待つことにした。

 その時点で引き返して、別の店を探すか、何か簡単な買い物をして家で作ればよかった気もする。だが、せっかくここまで来たのだから、と思った。前に数組しか名前がなかったこともあり、もう少し待ってみようと決めたのだ。

 いくら待っても順番が回ってこなかった。途中で拓也がトイレを借りると言い、店内に入って行った。そして戻ってくるなり、

「やばいよ、この店」

 と言った。

 拓也によると、店内は空席だらけだが、食べた後の皿がそのまま放置されているそうだ。店員がほとんどいない、と言う。

 新店舗ゆえに勤務シフトの整備がうまくいっていないのか、もしくはもしかしたらアルバイトの子が急に休んだりしたのだろうか……などと菜々が思いめぐらせていると、拓也がいきなり立ち上がった。

「出よう」

 と、拓也は言った。

 菜々は戸惑った。このレストランは授乳室もあるから、いざというときはそこで授乳させようなどと算段していた先だった。

「無理だろ。これ、もう。明らかに人手が足りてないから」

 周りで待っている人たちに聞かせるような、はっきりとした口調で拓也は言った。

 とりあえず店の外に出ようと菜々は思った。

「わたしたち、早めに出てよかったよ。あのまま待ってたら、夕方になっちゃう」

 と、菜々は拓也の機嫌を取るような言い方をした。タイミングよく樹がベビーカーの中で寝ているのだし、待合スペースに座れているのだから、このままもう少し待ってみてもいいと思ったのだが、拓也をこれ以上ぴりぴりさせたくなかった。

次ページから読める内容

  • 「出がけに、あんなに時間かけるからだよ」
  • 今のは…暴力といってもいいのではないか
  • 夫は、目の前で嘘を言った

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