同期とこんなふうに仲良くなれるなんて、自分はラッキーだ

 今思えば、郊外にある拓也の実家に菜々が行くと、義母はたいていテンパっていた。真新しいスリッパを出され、窓の汚れについてしきりと言い訳され、かえって恐縮したのを覚えている。客を招くことに慣れていない家だったのかもしれない。

 一方、地方の町で理容店をやっている菜々の家は、人の出入りが絶えなかった。店の並びに空き地があり、菜々の友人も、菜々の弟の友人も、それから関係ない近所の子も、そこで遊んでは、店に麦茶を飲みに入ってくるという具合だ。菜々の両親は、客の邪魔にならない限り、それを許した。

 中学生にもなると、菜々は見様見真似で夕食の支度をするようになった。両親に褒められ、感謝され、料理は得意分野になった。それゆえ今、食品会社に勤めているというのもある。入社採用面接でも、小学校の頃から今までに千のレシピを考えました、とうそぶいた。

 千は大げさなキャッチコピーだったが、オリジナルレシピは百をくだらない。

 東京の大学に進学してひとり暮らしを始めてからも、楽しみながら自炊した。小さな部屋に女ともだちやサークルやゼミの先輩後輩を招き、オリジナルのつまみをちゃっちゃと作ってもてなし、「居酒屋・菜々」と呼ばれたりもした。

 そういえば新人の頃も、愛美、サオリン、麻衣の同期女子3人を、何度も居酒屋・菜々に招いたな……。

 一人住まいの1Kに、彼女たちが遊びに来てくれた日々を思い出すと、菜々は自然と笑みをこぼす。すでに社会人になっていたのに、青春、って感じがするほど懐かしい。慣れない工場勤務の愚痴をこぼしたり、上司に叱られたことを嘆いたりしている彼女たちの傍らで、もくもくと料理を作り続けた。ひと口コンロと電子レンジを活用し、何品も創り出す菜々に、みんなは歓声をあげたものだ。

 一度だけだったが、合宿みたいな雑魚寝お泊まり会をしたこともあったっけ。背中が痛くて眠れないと、麻衣が不機嫌になったあの夜を思い出して、菜々はくっくと、ちいさく笑う。

 社会人になってから、新しい友達ができるなんて思っていなかった。同期とこんなふうに仲良くなれるなんて、自分はラッキーだと思う。

 友達といっても、学生時代のそれとは違って、会社の同期というのは、チーム戦の一員のような熱い同志感のようなものもあり、特別な仲間だと今も思う。まあ、サオリンと麻衣は、すでに会社から離脱してしまったが……。

 そんなことを思いながら目を細め、今日彼らに見せるリビングを眺める。

 塗り上げた白い壁に、きれいな朝日が差し込んで、フィカスアルティマやシルクジャスミンといった観葉植物の葉を、つやつや光らせている。

 拓也がひとり暮らしの頃から育てていたきれいなかたちの植物は、彼が選んだビンテージ風の家具の風合いと調和し、住んでいる菜々も時おり写真を撮りたくなるほどに美しい。

 あの、家賃5万の1Kに住んでいたわたしが、ね。


 次回「小説・第2話/同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言」に続きます。

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